解散やワンマンが続いたことで、ほとんどアイドルブログの様相を呈してきましたが、まあ気にすることはありません。その日その時関心のあることを書くと、こうなってしまうというだけの話。また、書ける範囲の話でもあるということ。
最近は特に、ジャグリングに関しては、私の誇るべき友人の一人と、オフライン・オンライン問わずときには夜を明かしてアホのように喋り散らかしていて、アウトプットの経路が違うというだけのことです。
といった予防線めいたものを張ったうえで何を書くかといえば、そりゃあアイドルです。
私は、アイドルカルチャーを音楽的にもパフォーマンス的にも"ヲタク"というファンベースのあり方にしても、好ましい/刺激的なものだと思って、他ならない私自身の仕事に強く関係/必要だと信じて付き合いを深めています。
が。
ドッツさんのワンマン後、某ヲタクと話していたら、普段知的な彼がニヤケ顔のヲタクフェイス丸出しで、いかにして普段から・ちゃんに癒やされ、心の支えにしているかを語り始めて、いやアナタそれオンラインでもっと書いてくださいよ...洗練されたヲタ芸ばかりがヲタクのアウトプットじゃないでしょう...と身勝手極まりない・かつ特大ブーメランな感想を抱いたものです。
そう、ヲタクがヲタクであるのは、いかにも素晴らしいコールやMIXにリフトといった技芸のみならず、一人乃至多数の「アイドル」に心底惚れ込むからこそ、でもあるのです。惚れ抜いたところで何が起こるわけでもありません。ヲタクは、ただただ"惚れ抜く"ことを目的にヲタクをまっとうするのです。その表現が、様々で愚かな広義のヲタ芸の数々なのです。
無論、そのような"惚れ抜く"過程で、自分自身にも真贋見分けがたい強い感情が起きることもあります。イラ立ったり、狼狽したり、果ては「ガチ恋」になったり...(先日耳にした「あいつは「ガチ」になったからもう笑えない。前と同じことしてるのに」という心温まる突き放しは、早くも今年の私的ベストヲタクエピソードに刻まれました)
で。お前はどうなんだというやつですよ。
まあ、待て。
文脈を提示しましょう。
何度か書いているのであっさり行きますが、私は在宅で2010年〜2013年頃までAKB/SKEを中心にチェックするヲタク最初期から、2015年秋頃のBABYMETAL発見に伴う2016年の海外遠征に端を発し、同年年末から2017年上半期にかけてメジャー/インディーのアイドルを渉猟、そのままThere There Theres(当時の表記)との出逢いにより、本格的にアイドル沼へ肩までズブズブになっていったのでした。
このとき、私は先述したような、アイドル固有のパフォーマンスや音楽的な面白さ、ある種のフィールドワーク的なヲタク生態学ともいうべき現象への関心に、"ヲタ活"を支えられていました。だから、ヲタクと知り合ったときにほとんど必ず聞かれる「推しは?」という質問に、うやむやにしか答えられなかったのでした。
そのことについて、別にいいじゃん、と思う自分と、カルチャーに対して斜に構えてるんじゃないか、と思う違和感の間に揺れていました。
だいたいにして「推し」ってなんすか? 顔が好みだなと思う人はもちろんいるけど、そのことはパフォーマンスや音楽に比して、全然下位の事象だし、パーソナリティーが魅力的な人もいるけど、それにしたって、わざわざお金を払って写真を撮ったり握手したりする気持ちにさっぱりならない。ステージを見れりゃあいいのです。
が。
が、なのです。
Maison book girlの矢川葵さんと遭遇してしまうのです...この方こそ我が「推し」...
しかし「推し」の話はしづらい。。ある人が特定のある人についていくら魅力を語っても、それが魅力であるという根拠は、基本的には自分自身の中にしかありません。たとえ推しが同じ者同士でも、微妙な着眼点の違いが際立ったりもします。いや、その特徴について記述することはできても、そこに強いリアリティを感じることができるかどうかは、まったく個々人の感性に委ねられている。そう、ヲタクにとってはその"リアリティ"こそが重要です。また、推しについて語るヲタクがしばしば「語彙力を失」ったりして、すぐにトートロジーめいてしまうのも、この根拠の弱さと、リアリティを言語化する困難に起因すると言えないでしょうか。
誰かを強く「推す」動機や原因には、他ならない私自身の根深いこだわりが反映されるに決まってるのです。要するに「推し」の話をすることは、間接的に「自分」の話をすることになるから、こんなにも語りづらい。語ろうとしても語りきれず、しかし語ることについて誘惑され続ける。こうしたものが、私にとっての「推し」なようです。
ああ、我ながら本当に面倒くさいな...
ここからは、私がいかにして矢川さんに"惚れ抜き"、名目ともに立派なヲタクとなったかの話です。いつにもまして一文の価値もない話だ。さっさとこのページを閉じて、各々の勉強や遊びに戻ったほうがいい。いや、矢川葵さんは値千金。興味がある奴は公式サイトに飛んで、MVを見て、ライヴのチケットを買うのがいい。ここに戻ってくる必要はない。だが私は続ける。推しの話は、アイドルカルチャーに興味を持ったけじめなのだ...!
www.maisonbookgirl.com
さてMaison book girlとは...とこれは前にも話したから割愛。サクライケンタさんの楽曲が超かっこよくて、ライヴもエモいし、どのメンバーも魅力的で、なんだったら今年あたりいよいよもってバーンと売れてしまいそうなグループです。 矢川葵さんは、この"ブクガ"のメンバーです。
Maison book girl / 鯨工場 / MV
私がブクガを見たのは1年10ヶ月ほど前。別のグループがお目当てで入ったライヴで、ついでにブクガも見れるなあ、位の感じでした。曲はいいけどねえ、パフォーマンスはどうなんでしょう?といつもどおり後ろで腕組みかまして偉そうにしてるところ、私の眼前に
矢川葵さんが現れたのです。
基本的に、「レス(フロアの特定の観客に視線や表情を送ること)」のうまいアイドルさんに不感症な私は、矢川さんの遠くを眼差してあたかも観客がそこにいないかのように振る舞うステージングに、グッと引き寄せられました。これは...めちゃめちゃにいいぞ...と。矢川葵さんはめちゃめちゃにいいのです。
ステージにあってパフォーマーは、パフォーマンスに集中しながらも、観客の様子をモニタリングするのが常です。飽きているのかノッているのか、私みたいに比較的そうした観客のコンディションに拘泥しなさそうにみえるスタイルのパフォーマーですら、かなり様子を探っています。そんな調子なので、知り合いが見にきていれば結構分かってしまうし、むろん、スマホなど見ていればバッチリ気づいています。
これを逆に考えると、パフォーマンスはモニタリングの影響を被っているし、同時に、あるアクションが、観客のテンションをコントロールしたり、指向性を持った意味へと誘導することに重きを置かれていることもある。
さらに翻って考えるならば、"同じステージに立つものとして"アイドルというパフォーマーが、"今どういうことをしているのか"が、実感を持って理解できるケースが多いのです。(もちろん、見巧者のヲタクは多く、わざわざ特殊性を持ち出すこともないのですが)
そのような文脈の中で、矢川葵さんの遠い視線は、意味するところが観客に差し向けられたそれではなく、もっぱら自分自身の深い集中の現れに見えてくるのです。それは、私には伺いしれない領域の表現に見えていますし、その場しのぎの何かを見せているわけでもなく、かといって安易に「全力」でもない。左右に振れることのない真っ直ぐな視線は、パフォーマンスを繰り出す自己という海へと深く降ろされた錨のように安定しており、それゆえにギアが入ってパフォーマンスに熱を持ち出す瞬間が、とてつもなくスリリングなのです。
また声、矢川さんは声が圧倒的に素晴らしい。ソロ楽曲のこちらをお聴きください。
Aoi Yagawa prod. Tomggg - ON THE LINE
幼い印象の声色だが、それに引きずられて未熟さを褒めそやすことはためらわれる、むしろ強い意志を感じる発声...いや主観ですよそりゃあ。でもねえ、矢川さんには、伏流しているが、滾るように生々しい情念が確かにある、と天下のもとに証明された(証明されました)のがこちら。
Maison book girl / 狭い物語 / MV
この急くようで攻撃的なモード自体、ブクガにとっては新機軸なのですが、私に言わせればまず何より、矢川葵さんというパフォーマーの存在を世界に知らしめてしまったな...と慄くような代物なのです。3:33からの独唱に何も感じませんか。これこそが、私が1年10ヶ月間感じていたところの「矢川葵」なのです。
で、 これだけの「推し」になっても、接触に至るまでは約半年を要しました。まあいいじゃん?別に話したいこともないし、パフォーマンスを見られればそれで最高なのだよと。だがしかし...それでいいのか? こんなに熱狂させられた人に、なんの挨拶もなしで? そもそもアイドル文化につきものの「接触」を経験せずして、何がわかるのか?
いいからさっさとチェキ券買えよと今なら思うのですが、まあまあ本当にこのくらい逡巡した後、仕組みもあやふやなまま、えいやと列に並んだのです。
ところで、これだけ熱い思いとこじらせた自意識を抱えた大人が、10歳くらい年下の、なんだったら芸歴とか持ち出したら大先輩だし、みたいな予防線張りまくりの男が、はじめての「推し」と会話するとどうなるか、わかりますか。私はあの日を忘れられない。パフォーマンスの話でもなく、はじめての推しだと告げるわけでもなく、SNSで触れていた、遠征先で矢川さんが食べたものについて雑談しただけで、終わったのです。
あんなに敗北感を感じる日が、今後も来るのでしょうか。人生は辛すぎる。
Maison book girl / karma / MV
接触という自己ハードルを超えたあとは、パフォーマンス的な側面以外にも、ときおり見えるパーソナリティーにもめちゃめちゃに愛着が湧いてくるもので、パフォーマンスが見れればいい→このスケジュールじゃ接触行けないし厳しいな...とまで考えるようになるのです。ライヴ見たのにチェキ撮らないとか、考えらんない。矢川さんは自分からばーっと何らかのトピックについて話してくれるので、こちらが切り出す話題がなくとも、うんうんと頷いたりしてるだけで終わってしまうこともしばしばで、まあそれもいいんですよ。何がいいのかは知らないが、いいんです。
でもやはり、ステージ上で感じるような意志の強さや(こういってよければ頑固そうな)、クラシックなアイドルを愛しながら、その像に自分を重ねようと徹するよりも、隙を見せることも辞さない雰囲気が、SNSや会話から漏れ伝わってくるのも魅力的です。
ところで私には、ヲタクが推しについて不明な言葉で一方的な愛を呟いたり囁いたり叫んだりする一切が好ましいのですが、実はこの矢川さんも一人の"ヲタク"として元モー娘。の工藤遥さんに熱を上げて、長文の感想をドロップしたりしているのです。推しが推しに対する想いを吐露するさまを見られる世界は本当に素晴らしい。(しかも推しの推しは推しを捕捉してリプを返したりするから、それに慌てる推しが見られるんですよ。凄すぎる)
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ここでもう一度具体的に言わせてほしい。矢川葵さんのどこが素晴らしいのか。やはり私にとって矢川葵とはステージの人だ。
まず2017年の3rdワンマンから。今見ると被せがあって懐かしくもあります。いなかったけど、ここには。
Maison book girl 「lostAGE」LIVE @2017,05,09「Solitude HOTEL3F」@AKASAKA BLITZ
振付はBiSなどを手がけたことでも知られるミキティー本物。手振りが中心の振付は、ともすると凡庸な動きに終始しがちなものですが、ミキティー氏はボキャブラリの多さで飽きさせず見せている、といえるのでしょうか。私が際立って惹かれるのは3:17からの「消えた時間〜」で、時計の針を模したような腕の振りです。いや、正確に言うと、ステップや重心の移動を止め、ぴったりと立って腕だけを動かすところで、首も視線も揺らすことなく、文字通り身動ぎしないことによって、不思議と矢川葵さんの身体性がきわめて豊かに立ち上がる瞬間です。その魅力の原因は、身体を静止することで、あの特徴的な視線へとフォーカスが促されることにもよるかもしれません。これが矢川葵さんのクールネスの極点であります。次にこちら。
Maison book girl
昨年5月の「ビバラポップ」にて。ブクガ史上最大規模の会場SSAで、演出のモニターバグを逆手に取ってアウェーとも言えるステージを乗り切った、ファンの間でも評価の高いパフォーマンスです。10:25からの「karma」は特にすばらしい。クールネスを振り切って、ここまでドスの利いた矢川葵が現れるのかと、最高の惚れ直し案件だったわけですが、SU-METAL同様、自分自身にムチ入れをするようなパフォーマンスは、私の泣き所なのかもしれない。「何もかも許してよ」と吐き出すように歌いながら、全く許そうとはしない怒りにも似た感情を込めて腿を押し下げる振りの迫力。さっき言ったように、観客よりも自己への集中の結果がパフォーマンスに生々しく反映された形で、もっともわかりやすいステージの映像が、このビバラポップじゃないでしょうか。毎度これではおかしいし、こうしたものを目指すのが良いわけではないが、アイドルはライヴの環境をダイレクトに身体へ通して演じるという意味で、ベテランからは得難い生っぽさを何度も見せてくれます。なかでも矢川葵さんはもうかんぺき...
でもこうして、パフォーマーとして好きなのはもちろんのこと、パーソナリティーも、見た目も当然好きです。見た目に関しては、そうだな...
これを見たほうがいい。早いから。
ブルージュの瞳
ね?
(写真撮影を担当している友人様に、この場で最大級の感謝を捧げます。本当にいつもありがとうございます...)
その素晴らしい矢川葵さん、現在ニューシングルのリリースに合わせた全国ツアー中。今度の土曜日に名古屋でリリースイベント/ワンマンライヴを行ったあと、4/13(土)にツアーファイナル「Solitude HOTEL 7F」を昭和女子大学 人見記念講堂にて開催。そのほか4月末にはFINAL SPANK HAPPYとの対バンがあったり、様々なアイドルイベントに出演したり、もうとにかくブクガチャンス/矢川さんチャンスがたくさんあります。我々はこの目で見られるんだ、矢川葵を。
www.maisonbookgirl.com
なんなんだ一体、ここまでで6200字って!
なのに、質的には全く何も書けていない思いしかない...こうして人は推しについて語ることに失敗し続けるのです。少なくとも私に関しては。いや、誰が矢川葵さんの素晴らしさについて語り尽くせるというのか。そして、これから更に魅力を増していくだろう我が類稀なる推しについて、何度失敗しても構うことなく(できればもう少しカジュアルに)書いたり喋ったり、あるいは本人に伝えればいいんじゃないか。
Maison book girl / 言選り / MV
会いに行くことができるとはいえ、常にどこか遠い「憧れ」を感じさせてくれる、矢川葵さん。紛れもなく私にとって「アイドル」である矢川さんが、より多くの...いや、もう健康であればいい!ヲタクが推しに願うのは健康だけです。健康のうえで、世界へ羽ばたいたら言うことなし。でもきっと、多くの人に求められる人のような気がするのです。今回は触れられなかったけど、MVでのフォトジェニックなことといったら、もう抜群ですから、矢川さんを起用した映画監督たちがどれだけの成果を上げることか...スクリーンで推しを見てえな...はい、また言い出したらキリがないのでやめます...
...ここまで読んだ人、いるのか。
いるなら、ぜひライヴへ。そしてチェキへ。私にとっての矢川葵さんが、皆にとっての矢川葵さん、それぞれの矢川葵さんに変化していくとき、どこかの現場で「矢川葵は最高...」とため息をつきながら語彙力を失い合いましょう。その時まで、今はひとりでつぶやきます。矢川さん、最高...