20191208 2019年のベスト...アルバムと映画とステージ

毎年恒例のやつです。

 

年末になるとバタバタしそうなので、一息ついているこのタイミングで...
音楽と映画とステージから。音楽は全然ひっくり返りそうなんですが、まあいいとして。

 

 

音楽

基本的にアルバム単位で。いつもはランク付けをしないけれども、音楽だけこころみに。
それぞれの作品が「優れているかどうか」は、聴取経験のなかで半ば無責任に判断される程度で、胸を張って証拠らしきものを提出できるわけでもなく、好みの10枚というだけです。くり返し聴いたか否かだけでなく、そのミュージシャンとの距離の近さみたいなものが順位に反映されており、要するにお遊びです。

 

 

10位 Fuck Yo Feelings / Robert Glasper 

 

9位  CIRCUS CIRCUS / ゆるふわギャング&Ryan Hemsworth

 

8位 燦々 / カネコアヤノ

 

7位 新しい人 / OGRE YOU ASSHOLE 

 

6位 調べる相対性理論 / 相対性理論

 

5位 Crush / Floating Points

 

4位 Cherish / KIRINJI

 

3位 METAL GALAXY / BABYMETAL

 

2位 歳時記 / 3776

 

1位 mint exorcist / FINAL SPANK HAPPY

 

 

日本の音楽ばかり聴いていて、自分でも驚きなのですが、これは海外より日本の音楽のほうがおもしろい、などということではありません。単に受動的な態度で音楽を聴いていたら、こうなったという偏りの表れ。ではあるけど、こんなに日本の音楽が楽しいのはいつ以来でしょうか。個人的な思い入れも多いに込みでほんとうに感動的なベビメタの3rdアルバムについてや、ライヴを中心に感想を書いた3776のアルバムなど、また今年最高の歌「killer tune kills me」を聴かせてくれたKIRINJIの超超すばらしい新作を超えて、先日ふれたようにFINAL SPANK HAPPYのアルバムが圧倒的に今年1番です。"刺さる"とはこのことで、サウンド面やアレンジはもちろん気に入りつつも、プロジェクトとしての魅力...すなわちおふざけを交えながらベタにメロウなコンセプトが、たぶん今の自分に最も必要な、ある意味で出自を再確認させられるような効果がありました。

『mint exorcist』はどの曲も素晴らしく、頭から終わりまで聴き通すことがベストな聴取体験ですが、個人的に参って参って仕方ないのは「tO→Kio」です。"銀座の街に革命が起こったらどのブランドを着て戦うかな" "このサロンの中であたし撃たれたらどのマカロンの血が流れるかな"と、きわめてスロウに、反時代的なまでの贅沢を歌い、それが革命と重ね合わせられることに、まさか呑気さはないものの、やはり贅沢さに与することの政治性...というまでもなく、市民としての、そして芸術家としての矜持を受け取ってしまいます。

もう少しここにこだわってあと一点指摘しておくなら、銀座の街の革命と、サロンで撃たれてしまうシーンが極めて映画的に想起されつつもも、"どのマカロンの血が流れるかな"というフレーズに見られる詩的な結合は、映像的な想像を脱臼させて、その軽薄さと死を妄想する官能が、これ以上なく魅力的に機能しているパンチラインでしょう。また、オリジナルのけものver.ではこの歌詞はなく、新たに付け加えられたことをとてもうれしく思います。つい先日、うっかり銀座でこの曲が流れ出した陶酔感と言ったら...!

 

サブスクの力に加え、ハイレゾのストリーミングサービスにまで手を伸ばして、ますます音楽が身近になりつつあるいま、10枚に収まらなかった作品もタイトルだけ。

 

Dystopia Romance 4.0 / Have a Nice Day!
JESUS IS KING / Kanye West
ADVISORY / KANDYTOWN
Blood / Kelsey Lu
amo / Bring Me The Horizon
Fever / Meagan Thee Stallion
Moonlight Tokyo / カイ
Points / ・・・・・・・・・
 
昨日配信開始のこちらもおまけ。すっばらしい。
空耳かもしれない / SAKA - SAMA
 
 
映画
 
今年は転居した地の利で、どれだけ映画館へ通うことになるかと思えば、さっぱりでした...ユーロはおろか、ヴェーラは一度も行かなかった。フィルムセンターもしかり...したがって、選んだものはほぼすでに記事にしたものばかりですが。備忘的にタイトルから当該記事に飛ぶようにしています。
 
 

 
さらば愛しきアウトロー / デヴィッド・ロウリー

 

 
ここ数年のうち、鈴木卓爾さんの『嵐電』に優る映画は、世界中見渡した上で、何本見つかるでしょう。物語に奉仕されるショットと「京都」という磁場に寄り添うショットは火花を散らすように衝突しあい、時空間を歪ませ、ときに異様なフレームを析出します。妖怪が出てくるのも無理はない。
3776さんの方法について、アイドルというジャンルのストレステストを試みているようだ、という趣旨のことを書きましたが、『嵐電』にもまた、似たような手触りを感じます。映画は、こんなように引っ張っても叩いても、映画のかたちを保ったまま、我々にとって謎を残して、魅惑し続ける。
同時に、『さらば愛しきアウトロー』の、『嵐電』に比べればいくらか素朴に映画を信じている姿に、ボロボロと泣いてしまったり。きわめて品のいいサウンドトラック。ケイシー・アフレックのカサカサと紙をクシャクシャにしたような声。レッドフォードのカーチェイス、微笑みと苦悶それぞれの表情。朝焼けを丘の上から望む馬上のレッドフォードと、彼を追うパトカーのランプ。そしてラスト間際にインサートされるシーンの軽やかさ。何をとっても手放しに素晴らしい。
 
 
そう、たとえば映画というフィクションの形式に対する"信"の問題があるとするとき、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、きわめて違和感やしこりの残る作品で、もう一度くらい映画館に観に行きたかったのですが...フィクションの優位性を高らかにかかげる程度の作品ではないと思うのだが...こう考えつつも日々に流されてしまい、つくづく粘り強さの必要を感じます。
 
 
などと妙な反省をして最後。
 
 
ステージ
 

f:id:keisukeyuki:20191207235051j:plain

音響や演奏の素晴らしさが、単なる高揚感に結びつくわけではない経験を与えられ、いまだに消化しきれないパフォーマンスです。芸となれば、どこに力点があるか、さすがに自ずと肌感覚的にはつかめてしまうのが大概ですが、坂本さんのステージは、どこに力がかかっているか非常に捉えづらく、安易な連想を許してもらうなら、古武術の技をかけられているかのようです。しかし、古武術のようなミニマムさとは相反するようにゴージャスでもあるから、ことは余計にややこしい。音楽はすべて、私にとって基本的には快楽ですが、これが快楽だとしたら、そうとうに奇妙かつ微妙な味わいを感じ分けるツボを拓いていく必要があるでしょう。そうした経験をもたらすパフォーマンスに、あと何度出会えることでしょう...凄すぎました。
 
 
盆と正月が一緒に来るよ! 〜歳時記・完結編〜 / 3776 (WWW)

f:id:keisukeyuki:20191208003305j:plain

 

モノづくりの人として、圧倒的なステージの違いを感じさせてくれる石田さんには、もう尊敬の念しかありません。正統ながら正統にすぎるあまり狂っているように見えてしまう、「アイドル」というジャンルの、そして「3776」というプロジェクトへの律儀にすぎるアンサー...来年2月29日のワンマンも注目しています。
 
 
BABYMETAL WORLD TOUR IN JAPAN -DAY1- / BABYMETAL (さいたまスーパーアリーナ)

f:id:keisukeyuki:20191208003418j:plain

 
たいへん暖かな気持ちにさせられた(笑) というくらいで、実は言いたいことは少ないのでした。興奮よりも、落ち着けるような気分になってきたし、なによりニコニコと笑うSU-METALが見られるのは、眼福というやつです。終演後に友人たちとどうでもいい話が出来る場としても、とてもいい時間を過ごせました。
 
 
入船亭扇辰  /   鈴本演芸場7月中席 夜の部 7月17日「麻のれん」渋谷らくご 1月14日 「明烏
 
これもちらっと書いていましたが、今年ははじめて落語会に何度か足を運んで、映像でも過去の名人の噺を見始めた年でした。春風亭一之輔さんや古今亭志ん輔さんの芸も印象深いけれど、入船亭扇辰さんのエレガンスさにすべてを譲ります。有名なシーンとは知らずに見たとはいえ、「明烏」の、一夜明けたあとに甘納豆を食べるシーンのなんともいえない良さ... 「麻のれん」も、なにがあるというわけでもない噺で、それはそれは私好みでございました。
 
落語はちょっと早いうちに落ち着いてしまったのですが、金原亭馬生「笠碁」に出会ってしまったのも大きいかもしれません。
そしてアイドルではNILKLYが印象強いものの、決定的なこれぞというステージはまだなく、強度の問題というより、かける期待の問題です。MIGMA SHELTERなんかも、超やばいことになってますし、相変わらず楽しませてもらっています。
 
 
 
 
本は新刊というくくりで意識してないことも多いので、割愛。強いて言うなら上半期にも挙げた三浦哲哉『食べたくなる本』と、平倉圭『かたちは思考する』でしょうか。
 
 
 
 
音楽は、Apple MusicのReplay'19の教えるところによれば227枚のアルバムをチェック。配信のないものを含めても250枚前後でしょう。個人的な記録で、映画は45本。ステージは47本。とのこと。映画は少ないっすねえ。もうこんな調子が何年も続いているのだから、これが平均なのだが。
 
 
 
 と、こんな調子でございました。
こうして書き出すと、自分がいま何に惹かれ、何を受け取ったのか、いくらかクリアーになるような気がします。そして'10年代のしめくくりということで、それに準じた遊びもチラホラ見受けられ、この10年がなんだったのか、作品を介してまとめるのも楽しそうです。映画だけやろうかなあ。

20191201 第2回 せんだいキッズジャグリングフェスティバルがおわりまして ※12/7写真追加


『第2回 せんだいキッズジャグリングフェスティバル』がおわりました!

 

昨年に続いて2回目、しかし後ろ盾のない完全な自主企画としての2回目は、想像以上に困難であったものの、どうにかやり通すことができました。

 

裏話を話しだしたら際限のないことなので、まずは将監けやきっこ放課後教室の職員、父兄の方々、なにより子供たちに助けられました。そもそも、今年は子供たち自身に継続の意思を確認しての出発でした。私の転居、事業予算など、本当に出来るのか最初はかなり不安がありました。くわえて、新しい挑戦に対する練習期間の短さ...これが可能だったのも彼ら彼女らが「やる」と口にしたからこそです。美化しても仕方ないので正直に言いますが、けっして常に勤勉な練習態度だったとは言えない(笑)ものの、ジャグリングの技術力だけでなく、意図するものの理解力に、飛躍的な成長を見せてくれたのでした。本番後の、出来への少し不満げな顔にも、それを感じ取ります。

 

ひとつレファレンスを。三部構成になっていた子供たちの発表の第一部では・・・・・・・・・「サイン」のPD版インストの一部を使用しました。四つ打ちに合わせてディアボロをトスし、シンプルながら様々なかたち・リズムを刻むというだしもの。こうしたパフォーマンスを子供に行ってもらうとき、ともすれば軍隊式のキビキビと規範的にすぎる身体運動がむしろいやらしくあるのですが、楽曲の快楽的で爽やかなサウンドが、それらを避けることに大きく作用したと思っています。ちなみに、ひとりは気に入って家で繰り返し聴いていたようです。都市の幽霊よ永遠に飛び交い続けろと言った塩梅に、世代も場所も超えたささやかな誤配を促した次第です。

 

dots.tokyo

 

 

ゲストの山村佑理さんは、2013,2014年のホゴノエキスポ以来。浅からぬご縁を頼りにまたお力添えどころかイベントの背骨を通してくれた、というほどにご活躍いただきました。WSは参加せず近くで見ていた方々にすらご好評いただいておりました。彼のジャグリングがまたこうして近くで見られること、それを多くの方と分かち合う場ができたことを嬉しく思っています。それにしても、フロアで遊んでたクラブがめっちゃうまかったな。

 

 

個人的に、今年は悔しい思いをする物事が少なからずあり、このフェスティバルにしても反省事はつきませんが、2年続けられてよかったなと思うばかりです。そして各所へ直にチラシを配り話してくれたホゴノプロフィス代表の本郷、そしてタゴマル企画で一緒に動いてくれているぼたもち堂くんがいなくては、まったく成立しません。さらに、子供たちに「手本」となる動画撮影を行ってくれた石橋くん、翔くん、谷くん、水戸さん、当日のWS講師を請け負ってくれた長瀬さん、竹林さん、協賛していただいたジャグリングショップナランハ、RADFACTOR各位のご厚意に改めて感謝致します。

 

また来年お会いしましょう!

 

 

 



f:id:keisukeyuki:20191130153641j:plain

f:id:keisukeyuki:20191130161147j:plain

 

 

そう、来年もやるぞ! きっと!!

 

 

f:id:keisukeyuki:20191207005157j:plain

 

f:id:keisukeyuki:20191207005200j:plain

 

f:id:keisukeyuki:20191207005153j:plain

 

f:id:keisukeyuki:20191207005150j:plain

 

f:id:keisukeyuki:20191207005147j:plain

 

f:id:keisukeyuki:20191207005203j:plain

撮影:本郷仁一
 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま終わればそれらしいのですが、つとめてそれらしくしたくないし、昨日の晩にへとへとなまま聴いたこちらについてだけ。

 

 

www.bureaukikuchishop.net

 

なんということか!酒も入りくわえて夜行明けの疲れたはずの体が、2時半まで繰り返し聴いてしまうほどの素晴らしさ。拝み倒したいほど愛すべきアルバムであり、また、こんな作品が作られてしまっていることに、身を焦がすほどの嫉妬の炎に苛まれる。今年ベストどころか、生涯のフェイヴァリット・アルバムになりかねません。音楽なんて皆さんが考えるよりずーっと簡単じゃないっスカ〜と嘯くODさんの言葉には、ありふれた物言いを超えた爽快さすら感じます。いや〜ちょっとこれはすごいじゃないっスカ!!

 

20191108 『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』

仙台滞在中の時間を使って『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』をせんだいメディアテークで観てきました。

 

www.smt.jp

 

結論的に言うと、近年こんなに感動させられた展覧会もなく、あわや落涙せんばかりのインパクトです。現代美術に昏い私でも、あるいはまたそんな者にこそ訴えかける展覧会かもしれません。

 

青野文昭さんは「修復」をモチーフに作品を制作する作家です。打ち捨てられていたモノをなおし、また拡大解釈的に延長してしまう、そこはかとなくユーモラスでもある作品群が特徴です。

 

f:id:keisukeyuki:20191107112009j:plain

写真はすべて11/6の展覧会にて撮影

 

こうした作品の主題は現在まで一貫しつつも、3.11後を大きな境目として、修復される器物に人型が浮かび上がるようになったといいます。*1

 

今回の作品群でも、場内でひときわ目につくのは、箪笥や車が融解するように接合するオブジェと、そこに浮かび上がる人の姿や衣服たちです。

 

f:id:keisukeyuki:20191107112409j:plain

 

こうした「人」の影はどこか幽霊めいており、一方で器物たちも互いを補い合いながら勝手に動き出しそうな、付喪神よろしく妖怪のような雰囲気を醸しています。よく見れば車は地を離れ、樹木は中空から根を伸ばし、私たちとは重力圏を別にした、この世ならぬどこかで浮遊しているような、奇妙な感覚を与えます。
しかしながら、それらが不気味でなく、むしろ笑ってしまうような間抜けさを大いにはらんでいるのが、心地よくあります。(上の写真の首輪に繋がれた犬=碁盤!)

 

f:id:keisukeyuki:20191107113123j:plain

 

今回の展覧会では写真撮影がOKとのことで、こうしてiPhoneでパシャパシャ撮っていたりしたのですが、どうにもしっくりきませんでした。
というのも、会場にある作品群は、大きいもので車や船、あるいは箪笥といった人体と同等かそれ以上のスケールをもったオブジェですから、実は写真で捉えるようなフレーミングとはまったく違った形でのフレームが与えられます。
たとえばすぐ上の写真の場所で私は、開かれた引き出しに入っている一葉の白黒写真–––結婚式の写真–––に目を引かれ、やがて右手の箪笥に直接穿たれた穴が目になるへのへのもへじ、さらに祭り半纏を纏ったのっぺらぼうへと、段階的に、徐々にカメラが引くようにしてフレームが生起したのでした。

 

多段階のフレーミングは、会場を回遊している間、様々な水準で生じます。ひとつところに目を奪われて注視しようとすると、足元に人の足(!)が生えていたり、それに促されて視線を上げると実際の自転車の前輪があり、導かれるように運転手の方へ目をやると、消え入りそうな輪郭線が箪笥の地と融解し、全体を眺めようとすれば、さっき歩いてきたエリアにある遠景のオブジェ群が、また違ったスケールを与えたり...こうした運動は、ほとんど無限に思われるリズムで観客の身体を異なる世界へ攫っていきます。更には、そうした即物的な運動感だけでなく、顔のない(目鼻が描かれていない/頭部がない)人々という匿名的な「人」と、先ほどのような写真を介しての記名的な「人」とが混在することで、実在・想像の境界を乱してしまうことにも気付かされます。

 

 

展覧会の白眉とも言える八木山にちなんだエリアでは、青野さん自身の経験と記憶を参照しつつ、古代から3.11以降の時間までを、恐ろしい密度で圧縮します。動物園のトイレで出くわした少女や金魚の死、動物たち、脱走した動物たち、青野さんの部屋、そして部屋にあった怪獣の人形、祖先、鯨、蛇、蛇取りのおじさん、ダイダラボッチ...こうして書き並べると、たとえばコーネルのような私秘的でミクロコスモス的なオブジェを想起しかねませんが、先程言ったような身体と同等・それ以上の物量は、強く見るものを巻き込んで数千万年のタイムスケールに誘うのです。また、このエリアを構成する、やはり箪笥たちが、生活に根ざした器物であるのも、純化しきれない、言いしれないものを与えていることでしょう。更に付け加えるなら、青野さん自身の記憶を参照しつつも、青野さんがイメージを統合する主体ではなく、あくまでも八木山という霊的な磁場に絡め取られるひとつのファクターでしかない、という手触りを、決して忘れてはいけない気がしています。

 

そしてこのエリアを抜けた最後に現れる光景に、思わず胸を打たれてしまったのですが、こればかりはぜひ実際にご覧いただきたいものです。

 

  

f:id:keisukeyuki:20191107113851j:plain

 

それにしても、この会場には犬たち(をはじめとする動物たち)が沢山いて、最後の最後まで犬が傍らにいます。私が大の犬好きだということを差し引いても、魑魅魍魎や幽霊たちが跋扈する会場にひときわの温かみを与えてくれているのが彼らでしょう。記憶と歴史の片隅で、名もなき人/モノたちを慰撫するようにして、ただ存在してくれた獣たちの魂の慰霊の場としても、少し特別な感情を呼び起こされたかもしれません。

*1:書本&cafe magellan店主高熊さんとの会話より

20191103 東京日記:神保町とネイサン

東京に移ってから最も嬉しいのが、神保町にいつでも行けるということ。神保町、それは夢の国。願いが叶う場所...今は年に一度の古本まつり中でして、もちろん足を運びました。(3回も)


以前ほどではないけど、本を買うのは一番楽しく、読むか読まないかなど、二の次であることも稀ではない。本は、買うか買わないかでしかないのです。靖国通り沿いに並んだ本本本。行きつ戻りつ、目を皿にして眺める。買うか買わないかでしかないが、買わない本にもまた味がある。あ、あれがあるのか、この店はこんな傾向なのか、ということはこんな本もあるはず...懐かしい本、未知の本、興味のない本、それらが無限に思える物量で居並ぶ壮観さ。古本に見飽きたら、新刊屋へも行く。東京堂書店という、一番好きな本屋がある。入口のすぐ右手にワゴン。澁澤龍彦の伝記が出ている...先行発売らしい。隣には麗々しく帯に書かれた、やはり澁澤の名前。他には山尾悠子小村雪岱...泉鏡花の選集らしい。函から本を取り出すと、雪岱の美しくかわいらしい装画が全面にあしらわれている。『山吹』『春昼後刻』など、もはや懐かしい作品の名前が並ぶ。そうだ小説も久々に読むか...さっき文庫の藤枝静男『田紳有楽』を見かけたな...移動中に読みやすいから買うか...とキリがない。
ちなみに神保町は食も素晴らしい場所です。ことによると、世界で一番いい場所じゃないか。エル・ドラドとしての、アルカディアとしての、神保町。

 

 

さておき、東京というのは我々同業、つまりサーカスなどの公演も、仙台では考えられないほど頻繁に行われています。現在東京で公演中なのがシルク・エロワーズ『サルーン』。

 

fujitvdirect.jp  13日からは大阪公演。

 

 

エロワーズはカナダのサーカスカンパニー。日本人ジャグラーの浦和新さんも所属されています。

内容は、タイトルの通り西部開拓時代の酒場をモチーフに、アクロバットやジャグリングが行われる、ごく正統なエンターテインメントです。円形でこそないが、クラシカルなサーカスの雰囲気といっていいでしょう。動物やクラウンメイクのキャラクターもいませんが、ごくごくシンプルに驚いたり楽しんだりできる、一流のパフォーマー達によるショー。アクロバットのことはさっぱりなので、素人同然で、うわー!こえー!などと思いながら見ていましたし、ジャグリングはバッキバキのテクニシャンたちがスキルを目一杯使って観客を活気づけていて、細かいことはほとんど忘れて楽しみました。

 

こうした来日公演があると、しばしばジャグラーがジャグリングサークルに遊びに来たりするものです。今回も、クラブジャグラーのネイサンが横浜に遊びに来るというので、出かけてきました。いやいや、マジでうまいんすよ。

 

www.youtube.com

 

サルーン』のステージでも、信じがたいテクニックをガシガシ見せつけてくれていましたが(技の種類が豊富なうえに、全然タイプの違うテクニックを複数見せてくれる)、ボールもディアボロも様々なアイディアを持っていて、さすが一流のパフォーマーは違う!のひとこと。しかも彼、アクロバットをメインに移行中なほど身体も効くし、今日は、次のショーでトランペットを吹くんだけどさ...などと言って、音楽の素養まである。

 

そうそう、ついさっきまでネイサンと公園でジャグリングして遊んでいて、とても楽しかった。恥ずかしながら英語がてんでダメで、コミュニケーションはおぼつかないながらも共通言語のおかげと、彼自身の温和そのものの人柄もあって、仲良くなることができました。フィーリングが近いジャグラーと知り合いになるのがたぶん久々で、ちょっと嬉しくなってしまった。また必ず会いたいものです。

 

 

東京、このまだ慣れ親しんだ訳ではない土地で、偶然がモノや人を結びつける速度と網目の細かさを、必ずしも楽しんでばかりいるとは言えませんが、この一週間ほどは結構面白く過ごしています。

20191016 第2回 せんだいキッズジャグリングフェスティバルを開催

どうにもタスクが増えすぎたのと夏バテなんてものにやられていたらしく、先月末から月初めにかけ、休めども慢性的な疲労感抜けず、ケアレスミスも頻発の、あらこれはまずいぞというシグナルがビシバシと発せられていて、2日ほど「全く何もしない」という古典的な療法で平常のリズムに復帰しました。ところで、巨大台風です。加えて週末に悪天候が続いて、仕事にならずの、噛み合わず。もうひたすらBABYMETALの3rdアルバム『METAL GALAXY』(2019年のアイドル音楽における屈指の傑作にして、1stと2ndの弁証法的関係を止揚した、感動的かつ、実に実に真摯な葛藤と飄々たる馬鹿らしさを内包する2枚組アルバムです)を聴き続けるくらいしかありません。

 

そんな状況ですが、いよいよとリリースしました『第2回 せんだいキッズジャグリングフェスティバル』開催します。

 

f:id:keisukeyuki:20191016230147j:plain

f:id:keisukeyuki:20191016230152j:plain

 

ジャグリング体験を軸に、昨年に続いて将監けやきっこ放課後教室の子供たちと、私と南部大地のユニット"マヤマ"と、盛岡からはゲストに山村佑理さんをお招きしてのスペシャルパフォーマンスもあります。よろしくですよ。

 

ゆーり君、と急に親しげに呼びかけてしまう不躾を許していただくとして、彼はおよそジャグリングというものにマジメに付き合っている人なら、その考えの深さと実践におののきつつ、あまりにもできた人柄に卑屈になったりしながらも目をそらすことはできない人物でして、端的に必見なのですが、先だってはヘブンアーティスト試験にも合格し、ますます活動範囲が広がっていくことで、世の「ジャグリング」に対するイメージは滲むようにして彼の「ジャグリング」に塗り替わりゆくことでしょう。私にしてから、彼の影響は免れません。だからこそ、子供たちが集まる場でゆーり君にパフォーマンスしてほしいのです。わかる/わからないの前に、いや後に、実のところゆーり君の生成するジャグリングのリズム/線に身体をハッキングされていることに、いつか気づく。気づかなくとも、それはすでに行われている...

 

くわえて、将監小学校の子供たちにまた私が振付を行っています。今年は私が転居したこと・基金事業から独立した予算体系のもと行っていることの2点から、皆きつきつの予定でうんうんと呻りながら稽古を...いや、のんきにボール遊びとかしてる。。
というのは冗談。今年は今年で新チャレンジを折り込みながら進んでいます。補われつつ苦手分野に挑んだり、得意分野を活かしたりの、紛れもない共同制作です。

 

マヤマも、こっちは全く想定外に、部分的ではあるが、わりと新しい領域に突っ込まざるを得ないことがわかり、急加速的に制作を進めています。てなわけで、てんやわんやですよ。

 

 

 

 

 

東京国際映画祭で一足先に公開される『フォードvsフェラーリ』が当面の楽しみです。'10年代以降で最もお気に入りのひとつで大大大好きな『ナイト・アンド・デイ』のジェームズ・マンゴールド監督ですから、これはきっと、という期待が高まるというもの。

www.youtube.com

 

20190921 明日のこととか、再来月のこととか

awajiartcircus.com

 

明日は何やら、こんな催しが仙台で。

海外からサーカスアーティストが12組も来て、さらに無料とは...今後もそうめったに無い機会でしょう。

 

現在オクトーバーフェストに出演中ですが、明日はあいにくのお天気ということで、こちらにお邪魔しようかなと。

 

 

あとこれも気になる。

 

非知ノ知のドラマーK氏によるvon.Eの公開リハ。すでに音がかっけえ。

 

 

そして、気が早いですが、いやそうでもないな。

11月30日(土)には「せんだいキッズジャグリングフェスティバル」を開催します。昨年に続き2度目!もちろん今年も豪華なゲストをお招きします。

 

子供たちの発表もあり、振付をしているんですが、ちょっとスケジュール的にどうなるかな〜と思いつつも、新しい試みをスタートすることに。子供たちの習い事の副産物として(笑) アイディアが試せるとなって、小躍りしていました。こちらも乞うご期待。

 

 

時間は戻って、雑談。先日のヘブンアーティスト審査会に、はじめて観客として参加してきました。ついに私も、後ろで偉そうにニヤついて見てるだけのパフォーマー軍団の仲間入りです。思いがけない新しいパフォーマーさんの面白さ、ベテランでも緊張して実力が出せていない過酷さ、様々なシーンに出会う相変わらずの様子ですが、今回は地元宮城からKENTOくんと、岩手の山村佑理くんをメインで見る形に。KENTOくんは、さすがというか肝の座った演技で、前半特に硬かった会場の空気にも関わらず、狙い通りのポイントで笑いまでとって、さすがの勝負強さです。
一方、佑理くんは岩手からとはいえ、地元は東京、かつ伝説的なジャグラーですから、その筋の人達が観客にぞろぞろと増えた印象。音響トラブルに見舞われたものの、他のパフォーマーのアシストと、本人の場馴れから、大きく調子を崩すことなく、演技していました。物怖じするどころか、観客に攻め込むような空気の作り方は、彼らしいなと少しおかしくなりつつ、3ボールの圧倒的な線の太さ、端的に「美しさ」に見惚れてしいます。こうして彼のジャグリングがまた見られるようになって、嬉しい限り。

 

そして何より、最後を飾ってくれた「インポッシブル書道家 ジャッキー太」ことMr.BUNBUNさんは、もう完璧。大道芸というジャンルに、トラブルに近いハプニングを招き寄せつつ、そのハプニングの高波をいかにして乗りこなすか、これが他の諸パフォーマンスジャンルよりも強く求められるとするなら、BUNBUNさんに敵う人間は、この世の中にいるのだろうか、と思うほど。毎回がトラブルの連続で、しかもそれを招き寄せているのが、本人の準備不足や天然さに起因していて、かつ、そこと絶妙な距離感を取るプロフェッショナリズムもあり、そのちぐはぐさに、ただただ大爆笑させられてしまう。好きな大道芸人を3組挙げろ、と言われたら、加納真実さん・山本光洋さんに並んで、Mr.BUNBUNさんになるでしょう。本当に最高。どこかで、絶対に見て!

20190915 「asthma」について、だけ

Odyssey - Single

Odyssey - Single

  • NILKLY
  • J-Pop
  • ¥600

music.apple.com

 

今回は「asthma」の話しかしません。なぜか。「asthma」がどうしようもなくいい曲だからです。なぜどうしようもなくいい曲の話をするのか。どうしようもなくいい曲の話をすると気分がいいからです。

 

沿革を端的に。

 

「asthma」はBELLRING少女ハートが2015年に発表した、 空五倍子作詞・タニヤマヒロアキ作編曲による、アイドル史に刻まれた大大大名曲です。その評価の正当性については、多くのオタクたちが同意してくれることを信じて書いていますが、エヴィデンスはともかくとして、オタク語り的な文脈において、すなわち評価語彙のインフレとしてひとまず受け取ってください。特に意味はない。マジ卍、みたいなやつです。批評が書きたいわけじゃないから。

 

「asthma」を知らない人がいたら、お手元のデジタルデバイスで、Youtubeを開いて検索してみてください。おそらくこの動画が現れる。

 

youtu.be

 

歌の下手さは聞くに耐えないでしょうか。暴れまわる観客は見るに耐えないでしょうか。ひとまずどちらでもいい。少なくとも私は、初見で聞くに耐えないと思いました。それが何故こうして、暇つぶしとはいえ、ひとつの記事を書くに至ったのか。

 

 

「asthma」は録音時期の差によって、いくつかのバージョンを持ちますが、私が一番聴いたのはこちらです。

 

soundcloud.com

 

ここで何度か書いていますが、ベルハーは未体験なので、後追いで最も手に入りやすかった音源がこれ、というだけでした。このベスト盤では、ほかの曲を先に気に入って聴いていて、「asthma」としっかり出会うのはもう少しあとです。といっても、なにか決定的なイベントがあったわけではなく、何回か繰り返しているうちに、そして実際にライヴで聴くようになって、徐々に特別な曲になっていったのです。だが、少なくとも気にかかるファースト・ステップはあった。それは、メロディやフロアの盛り上がりではなく、歌詞です。すべてを引用してしまいたい誘惑に駆られますが、サビだけ抜き出します。


 

だから、ぼくらは命からがらで

すがるように出会うのさ

夜空の星は灼熱で溶ける

だから、ぼくらは喉もからからで

叫ぶように笑うのさ

さみしげな雲を振り払うために

 

 

そのとき青春が二人を捉えた––––とは、やはり私が最も好きな詩人にして小説家のマルセル・シュウォッブ「大地炎上」の一節ですが、この短編、あるいは散文詩と言っていい10ページ足らずの掌編は、世界の終わりに残されたふたりの少年少女が、終末の迫るその瞬間まで逃げ、最後に愛を交わす約束をだけして終わる、ただただ刹那的な美しさを結晶したような作品ですが、やはり「asthma」にもまた、というか、「asthma」を聴くとき、私はひとり「大地炎上」の美しさを重ねて透かすようにしてしまうことを避けられません。

 


ここで歌われている、とにかく高みへと目指す運動の切迫感は、ついに夜空の星々を溶かしてしまうような熱情であり、いささか「セカイ系」めいた短絡がなくもないのですけれども、自意識のもつれを解消するよりも、なにかもっと即物的な煌めきに着地します。驚くべき最後のセンテンス、すなわち

 

だから、ぼくらの喉はからからで

汗に濡れた君の頬が

果実のように輝いて好きさ

 

からからになるほど叫び走り続けたぼくらは、だから、となにかを言いかけて、ふと彼/彼女の横顔の汗に目を奪われます。ひたすら外へ、高みへと目指された運動が、息を整えるかのようにして、他者の身体への視線として留まること。いっそ闇雲な、あてのない気持ちや高ぶりが、他者への愛を自覚することで結ばれていること。なんとロマンティックなのでしょう。私は、これほど青春が持て余したエネルギーについて乱暴さを隠さない音楽を聞いたことがないし、これほど青春を美しいものとして表現した歌詞を、ほとんど知りません。繰り返しますが、これは批評でもなんでもない。ただただ、私がこの曲を愛してやまない、ということを熱のまま書いているに過ぎないのです。そうすることを許してくれる音楽だと思いこんでいる、という話です。

 

 

そんな特別さを纏った「asthma」は、ベルハーの崩壊後、後継グループのゼアゼアことTHERE THERE THERESに引き継がれましたが、ゼアゼアもまた今年2月末に解散。「asthma」は封印されたかに思われました、が、やはりゼアゼアの後継的グループNILKLYによって、この度リアレンジを施され、シングルリリースに収録されたのです。

 

 いやあ...よりによって「asthma」を再編曲して、ちょっと考えてもグループの現在の方向性と沿っているように思えないこの曲を、わざわざデビューシングルに入れるなんて...と考えていた私は、とにかく愚かでした。常に愚かであることを自認しつつも、「asthma Nil Version」はそんな自覚を大きく上回る愚かさだと教えてくれました。とにかく素晴らしかった。感動したと言っていい。


一応もう一回リンクを貼っておこうか。聴いてみよう、そして比べてみよう。わからない人は、それでいい。なぜなら私は説得したいわけでも、わかって欲しいわけでもない。ただただ、話を聞いてほしいだけだからだ。

 

Odyssey - Single

Odyssey - Single

  • NILKLY
  • J-Pop
  • ¥600

music.apple.com

 

オープニング、ストリングスが響いた瞬間、すべての疑念がすっ飛び、リアレンジャーにして作曲者のタニヤマさんが、そして作詞者にしてディレクターの空五倍子=田中さんが、いかにして「asthma」を届け直すか、結論として「asthma」が持っている輝かしさを失わせないままに届け直すことを選択した、作家的判断の総合が、もうバチバチに、ほとんど電波的な勢いを持って侵入してきてしまい、うっかりして泣いてしまうほどです。原バージョンのティンパニのようなパーカッションがダラララと鳴り響き、加わるピアノが速さを増していくイントロは、どこか重力や重み自体から解き放たれようとして駆け出していく力強さを感じさせる。スッタッタ、スッタッタとドラムがはっきりと刻むビートは、確かに地を踏んでいる。しかしNil Versionはイントロからして彼ら/彼女らを言祝ぐようにして軽やか、そして、息を切って走り抜けた原バージョンと完全に違った、実に贅沢でエレガントなブレイクまであるのです。「トランジスタラジオから溢れる ラブソング 空へ」と同じく歌っていても、Nil Versionでは、自分がその高みに駆け上がろうとするより先に、なにか達観的に空へと見送るようなニュアンスとして聞こえます。それらをどんな変化として見るのか、また具体的な音楽的な知見を持って判断するのか、手の及ばない無知の恥を忍ぶしかありませんが、美しくあろうとすることに何一つ衒いのない姿勢をだけ、何より私に必要なこととして受け取れれば十分すぎるのです。

 


あまりにも素晴らしい「asthma」を作り直すという、ただただ驚くしかない作業を終えたタニヤマさんと田中さん、そしてNILKLYのメンバーに...お疲れ様などというのも似合わない。もう最高に好きだよ!

 

 

あ、いっこだけ「asthma」以外の話をします。

「Odyssey」も「REM」も、ほんとーーーーーーに最高!好きだよ、あなたたちの音楽が!

 

 


ご清聴、ありがとうございました。