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仙台てっぱ会について

今しがたホームページで確認したところ、7月7日までにちょうど70回。関連の協力イベント含めれば2年数ヶ月のうちに100回以上のパフォーマンスを各地で行ったことになるのを見て、随分と数をこなしたな、と思う反面、まだこんなものか、とも思うのは、「震災による影響」というものの果てしなさを、ほんの少しでもこの活動で知れたからでしょうか。
2011年の3月23日以来、団長の鹿野えれぞうの誘いを受けて今に至るまで、仙台てっぱ会という慰問集団に参加してきました。東北はおろか関東、関西、イタリアからもプロアマ問わず多くのパフォーマーが参加した仙台てっぱ会の団員を束ねるえれぞうさんは、一見すると極道、喋ってみても極道、という恐ろしい人ですが、その仕事ぶりは至って正道、いや、仕事ぶりもやや極道か。ともかく、迅速な動きと、無償の行いと被災者への眼差しに疑いはありません。
震災について、えれぞうさんがどう接しているのか、あるいはそう接していかねばならなくなったのかは本人の言葉に当たってほしいと思います。


被災地と、被災者とどう向きあうことになったかのレポートは、必要とは知っても、掃いて捨てるほどの量の文字と言葉が費やされていると、誰しもが考えているし、それでもなお、と新たに考えを続けなければならないのも分かっていることでしょう。
しかし、「仙台てっぱ会」という名前すらも出任せの急ごしらえで作られた団体に、呆れるほど面白いパフォーマーがわらわらと集っていた事実には、当たり前ですがほとんど触れられません。震災が招いた負債に比べれば、吹けば飛んでしまう小さなことではありますが、被災地へ向かい、そのシビアな状況でパフォーマンスを行うことのうちに、偶然知り合った我々が共に舞台を作り出していくことに何の楽しみも見いだしていなかったとしてしまうなら、我々は震災という出来事に大きな嘘をつかなければなりません。


去年の一月の活動から、私が参加して、なおかつ撮影の隙がある場合、その一日を「ある日のてっぱ会」として編集しYoutubeにアップロードしています。ジャグリングと同じほど、というとやや言い過ぎますが、割合長い期間映画に親しんできた私は、てっぱ会にカメラがある事をいいことに、映像記録を現在11本拵えました。親しんできたと言っても単に眺めていただけで、創作の実際は何一つ知らない素人のものなので、出来ていることはたかが知れていますが、てっぱ会が行っていることと、それらとのの付き合い方、知り得たもの、パフォーマーの素晴らしさを、撮影と編集という方法を経て考えることにしています。


2年の間、変わらずてっぱ会は活動を続けているものの、活動初期の避難所の非日常性から仮設住宅の日常性へと変化したリズムの緩やかさを読み取り損ねている感覚が、他の団員は分かりませんが、私自身にはしばらく続いています。慣れが至るところに忍び込んでいるようです。


仙台てっぱ会、どうぞ以後お見知り置きを。