20200124 昨日・今日・明日

日々地道に作業と稽古。冬場は先々を憂う心持ちに苛まれるけれど、タリーズドトールで音楽を聞きながらPCで雑務に励んでいると、案外悪い気分はしないものです。ギアはローで滑り出し 気がつけばハイに入ってる と堀込高樹も歌っているとおりです。

 

 

ところで長谷川白紙、という音楽家がいらして、私は彼の音楽がさっぱりだったのですが、不思議とさっぱりにとどまらずの抵抗感まで生じているので、昨日ストリーミング中継されていたSUPER DOMMUNEの「ドミューにに」を視聴しようと意を決して画面の前に鎮座(おおよそは寝そべっていましたが)し、眺めていたが、やはりよくわからない。

 

が、わからない、というのにも質の差があって、言葉にしづらいが、これは向き合うべきわからなさだと踏んで、趣味とか経験則を外して–––逆に言えば自分の経験を盾にしている感触があったので–––わからないなりに駒を打っておくかと思ったのです。

 

わからないなりに自分の中に布石を置くのはとても大事なことで、それはいつの日か、自分でも知らないうちに、しかるべき局面で効いてくるもので、早い話が、寝て起きたら、早速聴けるようになった。『エアにに』面白いですね。

 

抵抗があったり、とくに関心がないものがフッとなにかの拍子でわかってしまうようになる。人生において面白いことのひとつです。今年はすでに、嵐の「Love So Sweet」がとんでもない名曲だということにも気づきました。リリースから何年経っているんだ。

 

自分自身でこんな感情があることに驚いたのですが、白紙さんの音楽に関してはどこか"年下の作家が作ったもの"と斜に構えてまともに向き合っていなかったのが強いと思います。知的で、才気あふれる新世代、という存在に、みにくい嫉妬を感じていたのでしょう。他ならない自分自身が10代から活動していて、世代差や年齢を持ち出されることに死ぬほど嫌悪感を持っていながら、それを他人に向けているのだから、せこいにも程がある。ちょっとこれは早いうちに芽を摘んでおきたい。

 

 

他方、なにげなく漫画家の川勝徳重さんの「電話・睡眠・音楽」をウェブで読んでいたら、これも当時はそこまでピンとこなかったのに、今読んだら土地勘ができたからか、すげーおもしろかった。漫画っていいなと思わされます。

to-ti.in

 

そんな川勝さんのTwitterを眺めてたらかわいい絵がたくさん見られて眼福なのだけど、足を伸ばしてノートを眺めてたら、こんな文言が。

 

 

note.com

 

あまり日本ではこの戦前のころの時代にノスタルジーを感じる、魅力を感じるような感覚はウケませんね。永美太郎さんのマンガ『エコール・ド・プラトーン』も文豪、というフックのみでウケてる感じがします。私は1920年代の人が動いて青春してるだけで十分に楽しいのですが。夢とロマンがありますよ。

 

 

いやほんとそれ!とこんなにも膝を打ちたくなるセリフをいま読めるとは。
しかし自分自身もその趣味から離れてずいぶんになるけど、「夢とロマン」を最も感じる時代であったことには違いありません。続いてシャンソンの話題もあり、ブラッサンスはしっかり聞かずじまいだったけど、パフォーマンスにも使ったブレルに、あとはバルバラ、そしてイブ・モンタンの、フランス語の発音の美しさを楽しむ時期が、確かにありました。『エコール・ド・プラトーン』読まねば。いや、そんで今聴いてるモンタンのいいことったらない。

 

 

すぐ非公開に、といいつつ今もってアップされているこちら。
なんだこれ!すっごい好きだ。光と影から卵の白身と黄身(とそれを吸い込む流し口)、ポメラニアンの瞳の変化と、白/黒の主題が話の軽妙さ(でもないか。犬泥棒が恐ろしくて犬がいたときは、一度も目を離したことがなかった)の陰で幾重にも折り重なって実に豊か。

note.com

 

 

明日、日付変わったので今日だ。
空転で新ネタ含むステージ と、そのあとは仙台の友人たちが上京するので酒席。直感を頼りに店を選ぶそうなので、楽しみである。