癖にふりまわされる

ホームページ新調に当たって、ブログのデザインも変えてみた。はてなブログは公式テーマのほか、ユーザー投稿のテーマを選ぶことができる。なにをどう選んだって実際のところ、そう変わりはしないけれど、漠然と気持ちのわるい思いはしたくない。なんとなくでいいから、しっくりくるものを探す。

写真はめったに投稿しないので、写真映えがするようなテーマにはさしあたって用事がない。次に、書かれた文章がドンとセンターを占領しているもの、これはいけない。たかが雑文がディスプレイの多くを埋めるのが気に食わない。そして、検索性が低いのもダメだ。最近の記事、アーカイブ、その他キーワード検索にスムーズに移行できないと、ストレスを感じる。となれば2カラムのデザインが選ばれる。あとは、文字のポイントがいくぶん小さいもの。視認性より、文字が大きいことからくる野暮ったさのほうが気になる。そこで選ばれたのが、essayというテーマだ。上記の条件を満たし、またベースが白ではないのも面白そうに思ったのだが、本文が右側に表示されているのは引っかかる。プレビューで何度も確かめ、いたずらに上下にスクロールし、自分の中の違和感と照合する。左詰めで書かれる文章が、右側のブロックに収まること…どうにもすっきりしない。

映画館に入るとき、よほどのことがない限りは左側に座る。中央より前方を選ぶこととセットになっているが、縦の距離よりは横の位置が重要である。大道芸のときも、環境が許す限り、音響機器は左側に設置する。これらはジンクスや験担ぎの類でなく、ただ個人の癖にすぎない。たかが癖、されど癖で、癖は侮れない。映画を見ることや大道芸を行うことがこのとき、癖に乗っ取られている。癖が私をスムーズに動かす。

しかし、と思い直したのは、こうしてリニューアルするのだから、あえて違和感を残してみるのもいいかもしれない、ちょっと違った書き物ができるかもと気まぐれがよぎった。まあいいか、とインストールする。ひとつ記事を更新する…違和感に耐えられず別のテーマをインストールしなおした。

 

だが結局は些事も些事。左だ右だということに取り付かれるのは、いかにも生物として弱いという感じがしてしまう。こんなもの、どうだっていい、とにかくガツガツやるんだよ、という人のほうがどう考えてもたくましい。たくましいから良いわけではないが、最低限のたくましさは身につけたほうがいいのではないか。じゃあまずはブログの本文を右側表示に戻すところから、となればさすがにバカである。むろんバカでもいいのだが、そのバカさ加減は今のところ必要だと思われない。しかるべきときにたくましくあり、思いがけないときにバカであることを恥じないこと、要はバランスだと何ひとつ面白くない結論に着地する。

それでもバランスを逸してしまうから、想像上のつまらない理想を設定して安心しておく。要はバランスだ、と何もない道路の上で躓いて傾いた体の軸と乱れた歩行のリズムを立て直しながら、誰にともなくつぶやく。額から汗が流れる、拭う。すぐに忘れようとして、事実次の信号あたりで躓いたことなど忘れる。いつものではないドトールに入って、アイスコーヒーを頼んだら、空いているソファを探して一口コーヒーを啜ったらPCを開いてfreewifiに繋ぐ。イヤホンを差し込み、BGMを決めたらてきとうにSNSを眺めてから、この文章を書くのだった。