往復

仕事。地下鉄に乗る。目的地によって乗り込む車両はそれぞれであるが、今日の場合は最後尾であり、わざわざ席に座るまでもない時間しか乗らないから、車掌室の壁にもたれてメッセージに返信をする。そうでなくもう少し長距離移動したり乗り換える必要があれば、ふさわしい車両を選び、ふさわしい車両を知らない、また調べようともしない場合は気分で適当な車両に乗り込む。
荷物を積んだ二輪のキャリーカートは、車両に乗り込むとき、まず人間が後ろ向きに車両へ入り、ホームと車両の段差にかかった車輪を引っ張り上げるようにして車内へ持ち込む。そのまま空いている手すりの下へ淀みなく、明確な意志を言外に伝えながら滑りこませて、すぐ側の角の座席に腰掛ける。そうでないときは目の届く範囲の席に座る。またそうでないときはキャリーカートの横にあるいは前に立つ。そしてiTunesをまさぐって音楽をかけるかあるいは本を読むかやっぱりiPhoneSNSを眺める。昨日は『シンセミア 下』を20ページ読んだ。だいたい1ページを1分で読むから、20分前後移動したことになる。図書館で借りた単行本は厚くて全然持ち運びたくない大きさだったけど、そろそろ返却期限が迫っているので優先的に読まなければいけなかった。都営浅草線だった。『シンセミア 下』はさっき読み終わったが、とてもおもしろかった。繰り返すが、今日はわざわざ座るほどの時間もないくらいしか乗らなかったので本は読まなかったが、家を出たときからカネコアヤノ『燦々 ひとりでに』を聴いていた。カネコさんの声にはどうも人を昂奮させる何かが含まれているのか、身体が奮い立つような気がする。

 

久しぶりに薄曇りの今日は寒くて人がいなかった。雨はもつらしいから、とりあえず現場に行こう、とそれで地下鉄に乗ったわけだが、結局雨に降られたので、何もできず一時間で撤収した。荷物を片付け終わる頃に雨は小降りになったので、いつも通り歩いて家まで帰る。駅の中を通過すると階段しかないことを去年の春に学んだので、やや遠回りだが、駅を迂回して、その後はまっすぐ歩いていく。仕事をしていないのだから控えるべきなのだが、こういうときに限って食欲に押されてしまうので、入ったことのないラーメン屋を思い出して、いつも通らない反対側の通りへ渡った。平坦で広い道は、大きな荷物を運ぶのにストレスがなく、だから歩いて帰っていい気にもさせている。その結果、ラーメン屋に寄ることになったのだが。


あまり歩かないほうの歩道であるから、見慣れない店をいくつも見た。意外なチェーン店なんかも見つけたが、もしかすると目当てのラーメン屋を通り過ぎたかもしれない、と思った。記憶と照らし合わせて、こんなに駅から離れるはずはない、と思ってGoogleマップを開いた。現在地を示す青い点と、目的のマークの間を点線が繋ぐ。まったく通り過ぎていないどころか、まだ5分くらい先に歩く場所に目当ての店はあった。ほどなくしてそのラーメン屋が見つかって、看板でメニューをたしかめて、その脇のスペースにキャリーカートを置かせてもらった。やや不用心だが、狭い店内に持ち込むのも気詰まりだし、なによりあんなものをいきなり持ち去ろうとする人もなかなかいない。そしてアレはけっこうなれていないと動かしづらいのだ。醤油ラーメン(太麺)のボタンを押下した。食券を手渡し、カウンター席に付く前に石鹸で手洗いをした。
ややあとから入ってきたお兄ちゃんが食券機にお札を通せないでいた。「”へ”の字に曲げて入れてもらっていいすか?」「え?」「”へ”の字に、こう曲げて」ローストポークの弾力に気を取られたので顛末を聞き届けなかったが、隣の隣の席にお兄ちゃんが来たので、”へ”の字に曲がった札は食券機を通った。食券を受け取った店員さんは醤油ラーメン(太麺)いただきました!と言ったような気もするし醤油ラーメン(太麺)一丁!だった気もするが、いずれにせよ自分は着々と丼の中身を嚥下し、レンゲでスープをすくって、最後には両手で丼を持ち上げてスープを飲み干した。また少し雨が戻っていた外に出て、キャリーカートを傾けたとき、麺が入っていたらしい青いケースに少しぶつかってしまった。キャリーカートを一旦立てて、ケースを元の位置に直してから、歩いて帰った。