散歩

晴れたので散歩に出た。目的地を、行ったことのない場所に定めて電車に乗った。一度の乗り継ぎをへて移動は30分程度。駅を出るとなだらかな坂が左手に向かって下っていた。駅は坂の中腹に位置していた。地理的教養がないどころか、方角感覚も危ういので、引き出せる情報は少ない。それは地図、Googleマップを開いたところで変わらない。散歩といいつつ、古書店巡りに目的を変えてしまったので、それはもはや散歩の資格を欠いている気もするが、差し当たって問題はさっそく道を誤ったことだ。だが無用の通りを歩いたことで事後的に散歩は叶えられた。大学生の街らしくそれらしい若者が多い。「男なら歌え!」という、時流に逆らった、あるいは逆手に取った誘い文句が書かれた看板が門前にかかっている。もし私がこの大学を卒業していたら、この道を毎日歩いたことを今思い出しているのだろう。本流に戻り、坂を登るかたちで古本屋を巡った。黴臭い古本屋、清潔な古本屋、老婆がうつらうつらしている古本屋、親子で値付けをしている古本屋、常連が昔話をしている古本屋、それをあいまいに受け流す古本屋、銀行員が商談を持ちかけている古本屋、本で道がふさがって本が見られない古本屋、そのほとんどの古本屋でラジオが流れている。どこかの通販会社では、70万円分の辞書と近代文学が何十冊だかが入った端末にエネループをつけて23,800円で売っているらしい。

「すいません、これ著者署名入なんですけど…ここ書き込みがあって、これ〇〇さんの書き込みですかね?」「あー、うーん?」「買取先が、、名前忘れたけど結構有名な方で、その人だったら署名入でも書き込むかなあ、でもこの字〇〇のですかね?」「こんな字と言われればこんな字かーってなるけど、これは違うんじゃないかなあー」「ですかね」「……」「今朝これ流れてきて聴いてたんですけど、変な歌で、嫁と子供も反応してたんですけど、いいっすよね」「あーこれ、当時〇〇のアルバムに入ってて、これはそのカバーだね」「マジっすか、あ、本当だ。オリジナルは〇〇だって」「で、それを〇〇が番組でカバーしてたのがあって、YouTubeで見たんだけど…あ、まだ見れるんだ。これ」「これっすか。〇〇が干されちゃう前か。何年前だろ?」「〇〇のすぐ後だから2013年ころかな。」「カバーっていうかモノマネすね。モノマネうまいすね」店内は整理されて、ところどころアメリカ製らしい人形などの小物が飾ってある。洋書も揃えて、近刊の文学書も棚に並ぶ。しかし会話に気を取られてしまって、なんの本があるのか、それ以上はそぞろな気分で眺めてしまい、そのまま店を離れた。

そうして坂を下っていく。けっこう歩いたから、薄手のコートでも暑くなってボタンを開けて前を開いた。脇道に目をやるとマンションがある。脇道の都度、マンションがみえる。真っ昼間ということで生活はみえづらく、マンションがある。もしかするとマンションすらないのかもしれない。その道は、今このときも歩かず、また今後も歩くことはないかもしれない。そう思うと、引き返して歩いてみたほうがいいかもしれない。でもそうしない。そうするときもある。