プロフィール・出演情報など

ここは好きなことを好きなように書いている場所ですが、おもな活動を以下にまとめました。


【プロフィール】

結城敬介
1987年生まれ。宮城県出身
Japan Juggling Festival '03 Championshipにて銀賞獲得。
翌年にはMonochromeCircus『収穫祭』仙台公演にてゲストコーナーへ出演。それをきっかけに、ジャンルを越えたパフォーマーらと交流しながら、ステージや大道芸でジャグリングのパフォーマンスを続けている。現在は東京と仙台を拠点に活動中。
パフォーマンス活動のみならず、ジャグラーたちの交流イベント『WJDinTohoku』や、子供たちが主役となる『せんだいキッズジャグリングフェスティバル』を企画した。2014年からは異ジャンル並立をコンセプトにした『多夢多夢茶会』『あるばとろす』などのオムニバス公演を企画開催。2020年はアイドル批評誌『かいわい』の編集にも参加。
​ユニットとして「マヤマ」をミュージシャンの南部大地と結成。
またジャグラー小林智裕が主宰する「空転軌道」に参加している。

※より詳細なプロフィールはHPへどうぞ

 


【出演予定】

8月21-22日(土-日) こじゅうろうキッズランド

9月4-5日(土-日) 『フニオチル その2』※無観客配信公演

10月10日(日) Japan Juggling Festival 2021 ゲストステージ ※空転軌道として

11月6日(土) 都内某所 予定あり

11月14日(日) 深川美楽市大道芸

11月下旬 非公開イベント 予定あり

12月13日 『空転劇場 vol.30』※空転軌道として

12月26日 『ミルオト』※空転軌道として

2022年

1月2-3日(日-月祝) 浅草大道芸 11:00~17:00 ※パフォーマー3名で交代しながら (東京浅草新天地ビル広場)

1月9-10日(日-月祝) 浅草大道芸 11:00~17:00 ※パフォーマー3名で交代しながら(東京浅草新天地ビル広場)

 

【配信】
ホゴノプロフィスの企画。仙台市市民文化事業団助成事業。

youtube.com

2021年版

youtu.be

 
『Cc Cc』
パフォーマンスユニット「マヤマ」の過去の記録映像と、コメンタリー、"自粛期間"に制作されたディスタンスアート的映像作品のパッケージ。

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【その他】

タゴマル企画

企画団体。『多夢多夢茶会』『あるばとろす』等、異ジャンル並立オムニバスライヴを主催。デザイン活動も。

 

twitter.com

 

『アイドル批評誌 かいわい』
編集・寄稿・装丁(小野健宏と共作)。現在vol.1の販売は電子書籍版のみ。

kaiwai.booth.pm

 

『ab-(あぶ)』
ストリップの文集。

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日記 20210727

今日は気圧のせいなのか何なのか眠気が強く、退勤後すぐ帰宅、仮眠。
起きてから選曲...ああでもないこうでもないといじりまわす。


散髪へ。済んだらすぐ帰宅するはずが雨。予定を変えて近くのデニーズで昼食・作業。手書きのメモでアイディアの整理。
考えていくと、どうもこれは1,2ヶ月でどうなるもんでもない作業かもしれん、という目算が立ちつつある。長年やろうとしてはほったらかしてたことに着手する、のかもしれない...いずれにせよタスクが重なっているので、ちょっと優先度を変えて作業しなくてはいけない。勇気ある先送り、ということにする。急いでもしかたない。1時間ほど韓国語。


連休が明けたからか、浅草には人がいなくなり、亀十にも誰も並んでいない。ほぼ無人の道をミストが冷やしている。


しかし帰宅してからも悪あがき。いや、できることはできるけど、マイナーチェンジでしかなく、やるなら大規模工事だよなあと思い直す。
過去のセットリストのフォルダを眺め、ここ数年だけでも、それなりにいろいろ試してきたもんだと宥めるように感心する。そういえばあのときは誰それに褒められたもんだ、と、ここで飴の一つもあげておかないと、自罰的なサイクルに入り込んでしまったりする。
制作の魔、あるいは単なる性分。


余っていたオクラと納豆を豆腐にかけ、あとは豚キムチをざっと作る。まともなキムチを買う癖がつくと、そのヤンニョムのおかげで豚キムチをいくぶん旨く作れるようになる。
生活上、だいたい2~3つくらいのことしか運営できないので、食はだいぶおろそかになっている。ストリップに行けば、1日の食事が1000カロリーを切っているような日もある。家でも、この1年ばっちりできていた食材の管理があやうくなる。


傷んだ半分のゴーヤを処分した。


制作の体勢に入ったら入ったで、ひとのプレイリストを聴いてうーん、巧すぎ...と唸っている。劇場の環境で同じ15分の持ち時間で争ったら、勝てる気がしない。30分とか、5分とかならあるいは、とあきらかに無駄なことを考えはじめたので別の作業にとりかかる。なのにHDDが不調。調べて手を尽くすが、根本的な解決にならない。


ニュースを見れば東京は不穏な気配。自分はともかく、親しい人たちのリスクを思ってしまう。
結局、複数人でマスク無しに居酒屋へ出入りしているような人たちの身に起こっていることではないか、という都合のいいことを考えてしまう。

日記 20210726

連休も明けてわずらわしい平日の朝、陽が昇るのを遅く感じる。
ずいぶん涼しげなので早めに出て、橋の上で風を浴びるなどする。


なにがどう働いて気分が切り替わるのかしらないが、とつぜんパリッとして、小泉義之の論集を読みながら出勤し、退勤後2時間韓国語をやる。


아침부터 누구가 체포 있었다
겨드랑이를 두 경관에 끼고 있고 질질 끌려 같은 경찰차 까지 연행 되고 있다
두 주일 만에 한국어의 공부를 재개 했다
어학이 지금 저에게는 중요애서 있은 것은 잘못 없다
그렇다고 하더라고 올해는 매미가 작은 같다
정취적에는 그만두고,해는 없으니까, 그것으로 됐다
이사해 첫 해는 여름에 2 마리도 집에 매미가 들아갔다 바퀴벌레는 4 마리
최악의 도시이다


思いつきの文章を韓国語にする勉強。


帰宅して仮眠後、制作。主に選曲なのだが、これが本当にしんどい。
選曲そのものはめちゃくちゃ好きなのだが、さすがに20年もやると擦り切れる部分もあり、またこれを30分という尺のなかで過不足なく機能する選曲にするという規範が、自分の自然な感覚と毎度齟齬を起こす。


これはストリップがしっくりきた原因の一つでもあるが、自分が肌感覚に沿ってパフォーマンスを作ると、たいてい15~18分前後になる。曲でいえば4~5曲。喋らず、音楽と共にパフォーマンスする。おおまかな構成的にはストリップとほとんど同じである。


しかし大道芸ではとくに、こうした決め打ちの構成はほとんど役に立たない。観客を集めて層を増やしていく、というのが求められるセオリーであるから、あらかじめ定まった時間の流れを経験してもらうわけではない。あくまでも関心を引き、そこに観客としてとどまらせるための段取りが優先される。もちろん例外はいくらでもあるし、自分がそれにどの程度則っていたかというと、留保はいる。


まあしかし次の現場は大道芸ではないから、責任を取れる範囲で新たなことをやってみるつもりである。
ちなみにこれは宇佐美以降(おかしな区分が生まれた)の制作でもあるけど、春先の緊急事態宣言で久々だった東京の仕事がすっ飛ぶまえに、なんとなく手をつけ始めていたものでもある。


食材の買い物ついでに図書館へ本を返却して、歩きながらパフォーマンスについて考える。


ハルカくんの声がけで突発的にかいわいのdiscordでボイスチャット。話題は左派リベラルの振る舞いへの疑義と宇佐美なつと今後の進行等々。


夕飯にお好み焼きを食べて、適当な思いつきを書きつけながら過去の映像やらリストにまとめてある映像やらを見返す。うーむ、とうなって閉店。

日記 20210725

ストリップのスケジュールと制作のスケジュールを照合。朝から焦る。

冷房がないとやってられないが、冷房に当たり続けるのもやってられない体調になる。スロースタートで読書をはじめる。


一章でパトリス・ルコントの映画に即して「話すこと」が取り上げられていたベルサーニの本は、二章に差し掛かると男性同性愛者同士のベア・バッキング(避妊具なしの肛門性交)の話題に移る。こちらの話題はどうしても当事者性がないので、「話すこと」のほうに頭が引っ張られる。


おそらく自分の一番強い欲求のひとつが他人と話すこと、それも一対一で話すことである。人と会って話すという行為がとにかく好きだ。話すことができない相手とは人間関係を構築できないし、話す声色やリズム感が合わないと、ひどく疲れてしまう。


会って話して、別れれば何を話したのかまったく覚えていない、ということがしばしば、どころかほとんど常にある。それは読書もまた変わらない。本棚に詰まった本のそれぞれに何が書かれていたかどうかなんて、ほとんど覚えていない。それでも読むし、人とも話す。


ベルサーニの本に書かれている「話すこと」は別にこういう話ではないのだが。


ところでこの日記は、オフラインで韓国語で数ヶ月継続していたものが、オンラインで日本語に変化したものでもある。
もちろんこんなに長い文の韓国語がすらすら書けるわけもないから、小学生の日記程度のものを継続していた。さっさと韓国語に戻るべきなのだが、すでに書いたように、ちょっと今は戻りがたい。


劇場に通ってすばらしい踊りを見て、なごやかな場内の空気を味わい、外に出てひとり、あるいは誰かと帰り路につくとき、まあこのまんまなんかの間違いで死んでもそれほど後悔はないなと考えている。
同時に、自分にできることがまだありそうで、どうやら楽しむだけでは足りなさそうだ、と思う部分が生を支えている。
言っておくけど、べつに抑鬱的な気分になっているわけではない。


文章を書くだとか、パフォーマンスを制作するだとか、もしくは『勉強の哲学』にならえば何かを学ぶこと(制作も同じことだ)は、その質にもよるが、基本的には自己破壊的な側面がある。常にちょっとずつ死んで、ちょっとずつ生まれ直すプロセスの繰り返し。


ストリップ文化との出会いは、その破壊的なプロセスを一気に進めるものでもあった。ストリップは面白いだけでなく、明確に体に負荷をかけているし、自ら強く負荷をかけに行ってもいる。
おそらく1~2年かけて、ずいぶん変わっていけると踏んでいる。変わりたい、ということでなく、すでに変わり始めている自分に適した輪郭を得る、という感じだ。それには外国語もまた役立つはず、なのだが。


頭の中の出来事を書く日は、ろくでもない。

日記 20210724

昨夜、寝る機を逸してしまい、人が深夜しかやらないような、深夜のテンションそのものの、深夜LINEを友人とやりとりする。


それでも朝が早いのでさっさと起床。新宿で武藤さんをアイドル現場にアテンド。多くのひとがスマホを構えてるので気づいたが、話題の3Dの猫が映る街頭ビジョンがあった。猫は見れないまま、ロフトに到着。開場前に7中で起きていた場外のイベントをあれこれ話す。


アイドル現場はストに比べて圧倒的にチューニングしづらい。そもそもアイドル現場は「観る」ばかりのものではないから、能動的にフロアに入っていかなければ、いい経験になりづらい。しかし構わずじっと見る。SAKA-SAMA「終わりから」の相変わらずのキラーチューンぶりに揺れ、くぴぽで一気に変わるフロアの空気を楽しむ。抑制されてるものの、コロナ前の懐かしさがあった。
くぴぽの空気感の良さは武藤さんにも伝わったようす。


特典会をフィールドワークよろしく眺めてから、近くのてきとうなカレー屋に入って、ダンスやスト話。そして、下ネタの基準が大幅に更新されていることなど。レストランでの会話ですらギリギリアウトだったかもしれない。


新宿駅で武藤さんと別れてから、渋谷に移動して道劇。回数券の割引につられ、存じ上げない踊り子さんたちが観られるならと1公演だけ。しかし自分には実りうすく、なんだか疲れる。その時間、確実にロスが悪化する。
押し進行のせいで、もしやいけるかと思ったMIGMA SHELTERには間に合わず。まあこちらは次の機会でよい。


ベテランになってくると、いろいろと図々しくなる。図々しさの獲得は必要欠くべからざるものだ。ずっと繊細でいようとしてはいけない。けれども、手放してしまった繊細な手つきは、いつかどこかで取り戻す必要が出てくる。
いま、その取り戻しの作業を行っている最中であることを、あらためて確認する。


バトラーに疲れてベルサーニを読み出す。いずれも目下の作業に何も関係しない。せめてもと手を付けはじめた企画が、これまた積まれた仕事の消化にひとつも寄与しない。

日記20210723

起きようと思った時間より一時間早く目覚めて、布団でぼんやりしてしまう。


ちょっとした宿題になっていた『彼女は夢で踊る』をアマプラで観る。冒頭から粗雑な移動撮影と湿っぽさたっぷりのナレーションでいろいろと諦める。内容も全編これセンチメンタリズムで辟易。踊りを映すことからも裸体を映すことからも逃げていて、まともに金を払える水準でない。
それでも腹が立たずに済んだのは広島第一劇場がふんだんに映されているからで、レポートで読んだ小宮山せりなさんや望月きららさん、そして宇佐美なつさんが乗っていたときのことを想像する。それにしても矢沢ようこさんを早く観に行かねばならない。


昼前に南部くんから曲が届く。さすがの仕事。


午後から高円寺へむかう。笹田晋平さんの個展初日。
最初、何も考えず北口にむかったら別のギャラリー。ノースとサウスの区別があった。南のほうへ引き返すと、「高圓寺」という寺がある。じっさいに寺があるのはしらなかった。
道すがら、民家の窓からNHKのアナウンサーらしい声でオリンピックの何事かを伝えるニュースが聞こえた。


ギャラリーに着くと先客が数名。笹田さんがワンオペで応対しているのでしばし絵を眺めるが、飽きずに見ていられる。いつまでも美術には疎いままだが、画面を前に体を調整するのはおもしろい。
笹田さんの体が空いたところで、作品について話を聞く。点描について、アクチュアリティについて、カンバスの形について、構図について、典拠について一時間ほど。作家から作品について惜しまず話をしてもらえるのは本当に愉快。
ストリップに誘うと「最近すごい熱ですね」と言われる。皆さんよくご存知で。


せっかくだから古着屋でも見たかったが、暑さで歩く気になれず。駅前の居酒屋のにぎわいを横目に日本橋へ。丸善で新刊チェック。何も買わず。上野のドトールでバトラーを少し読もうとする。栞代わりに使っていた宇佐美さんの周年ステッカーと笹田さんの展示DMが隣り合っていた。
さて、と腰を入れようとしたところで母から電話。マルイで落ち合って浅草で寿司。長年の目標らしかった、タトゥーを腕に増やした日。


そういえば、年長のイトコふたりにもタトゥーがあった。


自分には身体改造、というには小規模すぎるが、ピアスのたぐいも一切ないどころか、体毛に介入することすらほぼない。髭を剃るくらい。しかし、死ぬ前にバダサイみたいな体になるのも悪くないなとはおもう。

日記 20210722

昨日のワクチンの副反応なのか暑さにバテたせいなのか劇場通いの疲れなのか、ひさびさに通して長い時間眠っていた。今週は劇場で多幸感に満たされているから目覚めは抜群で、今日もふわふわしながら体を起こす。


といいたいところだが完全にロスがキマってしまって、ものさびしい気分も入り混じっている。あーいやだ、と思いつつ、朝食を済ませたら、さっさと勉強に向かう。喪失感はあるにせよ、あらゆる意味でそこに関わりたくない。バトラー『問題=物質となる身体』をぼちぼち進める。


昼からは亀戸で稽古。曳舟の図書館で本を返してから、東武亀戸線に乗る。深い緑の車体が好ましい。車内で、お金にまつわることを考えてツイートする。こうして言葉数が多いことを、とても恥ずかしく思う。そして多分、ロスを埋めるために言葉が多く出てるのもわかっている。よけい恥ずかしい。


稽古は月末の仙台公演のリハと、10月のための新作。新作はひとまずペアのディアボロで、ボキャブラリからリサーチ。相性がいいのと葵くんの頭が切れるので、ずんずん動きが出てくる。
音楽についても軽く打ち合わせ。自分ひとりでやるときは、音楽が先行していないと何もできない。すべては選曲作業からスタートしていく。


いま、ちょうど選曲を行っている。同時に、作曲も。自分が作るわけではないが、いちから進めているところ。


『かいわい』のための論考も進めて...はいない。1500字書いて、詰んでいる。


ハルカくんが、人文系知識人たちの「推す」ことに対するツイートに反応している。ハルカくんとは「推す」ことについて大きくスタンスが違っている。
自分はそこにオルタナティブな価値を認めていないし、何より、個々の複雑な感情が「推す」という言葉に縮減され、あまつさえ「推し活」「推しに課金」なんて言葉がポジティブな概念として行き渡っている状況は、最低だとすら思っている。資本主義に簒奪されようとする各々の感情について、言葉について、各々はきびしく抵抗すべきである。
けれども、ハルカくんが「推す」ことに見ている可能性は、ハルカくんと接しているとなんとなく分かってくるし、「推す」ことにこだわることがハルカくんの抵抗線なのだということも分かる。


韓国語になかなか戻っていけない。体に強い経験を叩きこめばまず母語があやうくなるから、外国語が入ってくる余地がまだない。


小腹がへって、買い置きしていた冷凍のピザをあたためて食べた。