活動予定 2020

ヘブンアーティスト活動は新型コロナウイルス感染拡大防止のため4/12まで活動不可となりました。あわせて、施設方針につき19日の活動もキャンセルとなります。
以降の活動については各所より続報があり次第更新いたします。

 


一般公開の活動予定です。詳細はリンクよりご確認ください。

予定は急遽変更・中止になることもございますので、ご了承ください。

 

ご依頼・お問い合わせはkeisukeyuki87@gmail.comまで

 

 

【4月】

4/1(水)

代々木公園  噴水池前 13:00~15:00 

4/3(金)

代々木公園  噴水池前 13:00~15:00 

4/4(土)

渋谷キャスト ガーデン 12:00~14:00

4/5(日)

渋谷キャスト ガーデン 14:00~16:00 

4/8(水) 

上野恩賜公園 パークサイドカフェ側 14:00~16:00

4/11(土)

上野恩賜公園 パークサイドカフェ側 11:00~13:00 

4/12(日) 

代々木公園  原宿門 11:00~13:00

4/18(土)

上野恩賜公園 下町風俗資料館前 13:00~15:00 

4/19(日)

飯田橋セントラルプラザ みやこ橋 14:00~16:00

4/25(土)

赤塚公園 競技場前 12:00~15:00

4/26(日)

赤塚公園 競技場前 12:00~15:00 

4/29(水)

代々木公園  原宿門 12:00~14:00 

【3月】

3/1(日)

上野恩賜公園 蛙噴水 11:00~12:00
代々木公園 原宿門 14:00~16:00

3/7(土)

上野恩賜公園 すり鉢山 14:00~16:00 

3/8(日)

代々木公園  原宿門 13:00~15:00 

3/14(土)

渋谷キャスト ガーデン 14:00~16:00 

3/15(日)

代々木公園 原宿門 12:00~14:00 

3/16(月)

上野恩賜公園 スターバックス側 12:00~14:00 

3/20(金)

隅田川テラス吾妻橋 13:00~15:00

3/21(土)

赤塚公園 競技場前 12:00~13:00,14:00~15:00

3/22(日)

赤塚公園 競技場前 12:00~13:00,14:00~15:00

3/24(火)

上野恩賜公園 パークサイドカフェ側 13:00~15:00 

3/25(水)

渋谷キャスト ガーデン 13:00~14:00 
渋谷キャスト 大階段 15:00~16:00 

3/26(木)

代々木公園 噴水池前 12:00~14:00 

3/28(土)

代々木公園 噴水池前 12:00~14:00 

3/29(日)

代々木公園 原宿門 13:00~15:00 

3/31(火)

光が丘公園 けやき広場 12:00~14:00 

 

【2月】

1日(土) 西武池袋本店 睡蓮の池前 13:00~15:00

2日(日) 上野恩賜公園 五條天神前 14:00~16:00

8日(土) 光が丘公園 けやき広場 12:00~13:00,15:00~16:00

11日(祝火) 西武池袋本店 睡蓮の池前 13:00~15:00

15日(土)光が丘公園 けやき広場 13:00~15:00

23日(日) 代々木公園 原宿門 11:00~13:00

24日(祝月) 光が丘公園 けやき広場 13:00~14:00,15:00~16:00

26日(水) 上野恩賜公園 五條天神前 13:00~15:00

28日(金) 上野恩賜公園 すり鉢山 14:00~16:00

 

【1月】 

2日(祝木) 亀戸2020 スポーツ灯籠ライトアップ&お正月大道芸

4日(土) 光が丘公園 けやき広場 13:00~15:00

10日(金) 上野恩賜公園 五條天神前 13:00~15:00

12日(日) 代々木公園 原宿門 12:00~14:00

13日(祝月) ヘブンアーティスト in 渋谷 ※空転軌道

18日(土) 上野恩賜公園 蛙噴水前 11:00~13:00

19日(日) 代々木公園 原宿門 12:00~14:00

25日(土) 新宿子ども劇場「音と空間のジャグリング」※空転軌道

26日(日) 代々木公園 原宿門 12:00~14:00

20191225 ショーを変えた日の夜に

メリー・クリスマス。あるいはハッピー・ホリデー。数少ない読者の皆様に置かれましては、いかがお過ごしでしょうか。

 

私はといえばヒカペこと光のページェントにて、13,14,15日、さらに19,20、一日空いて22,23,24日とパフォーマンス中です。4年目を迎えたヒカペでの大道芸、毎日毎日いろいろなパフォーマーが訪れては様々な足跡を残してゆく。刺激的で楽しく、そして概ね凍える時間を過ごしています。ひとのパフォーマンスを眺め、品評し、食事の席では芸人の笑い話でひと息。そんな具合です。つまるところ、楽しんでいます。

 

今日はショーを変えました。いつもながらマイナーチェンジを施しながらの1年でしたけども、大幅に変えたと言ってもいいでしょう。大枠のルーティンは残っていますが(それも変わるかもしれない)、受ける印象は相当に違っているはずです。毎日のように来てくれている大道芸ファンの方にも、その変化をしっかり受け取っていただいたようです。

 

友人が私を誰かに紹介するとき、「大道芸人」というのを、否定はしないまでも居心地の悪さを感じております。私が狭い意味での大道芸を本格的にスタートしたのは4年前に過ぎず、アイデンティティがそこにあるわけもありません。名刺の肩書どおり、私は「ジャグラー」です。大道芸人を名乗るには、未だに素人に毛が生えたようなレベルでしょう。大道芸のプロの方たちと話していると、環境や状況から引き出せる情報に、本当に大きな開きを感じます。

 

観客の方に、ファンの方に、同業者にお褒めの言葉をいただいていながら、やはり同じフィールドで"勝てる"要素がないという思いでしたし、タゴマル企画のような場での、十全に力を発揮できているような感覚は、この4年間、ほとんどなかったものです。専業で活動しながら、その態度でいいのか、と内なる批判はありましたし、かなり落ち込んだときは廃業が頭を掠めることもなくはなかった。

 

ともあれ、今日は不思議とこの4年の呪いを振り払ったなという実感があり、妙に嬉しくてキーボードを叩いているのです。4年間沈みっぱなしでもないし、ボンクラなりに知恵をつけてきたり折り合いをつけてきたり、そうしたものの総合として、今日のショーがありました。まあまあ、まだ2回しか演じてないので、よいものができたと判断するには性急ですが。でもいいか!と楽天的になれる程度には、自信の持てるショーになった気がします。気がする、というのはいかにも頼りなさそうに見えて、実は重要です。

 

私はなにか作ったとき、レファレンスを明らかにしたいタイプなのですが、大道芸のショーはかなり可変的ですし、作品というものでもありません。なので、いくつか要素はあるけども、芸を「盗んだ」ということにして、今回は置いておきましょう。

 

納得のいく仕事がなかなかできなかった今年、最後に一矢報いてやったという満足感が、期せずしてのクリスマス・プレゼントとなったようです。いい子にしておくものだ。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=dt3rVUthkXQ

www.youtube.com

 

20191211 マヤマの動画と2B退団について

 

先日の『第2回せんだいキッズジャグリングフェスティバル』からマヤマのショーをダイジェストでアップしました。ダイジェストっていうか早送りっていうか。

 

このパフォーマンスがマヤマのなかで再演頻度が最も高く、そもそも、そうしたカジュアルに再演することを狙って作ったアレなのですが、コレだけ呼び名がないのでして。稽古のときも「バラライカのやつ」とか「クラブのクラッカーのやつ」と言われてたいへん不憫ではあります。

 

 

 

 

 

 

 

blog.dokungo.com

 

常からこのブログでも言及している「劇団どくんご」は、来年から旅をお休み。に続く大きなニュースとして、看板俳優であった2Bさんが退団の報せ。
流動的な団員の中でも、2Bさんだけは長らくどくんごにいたし、これからも...と勝手に思い込んでいたので驚きではありました。

 

私がどくんごに通うようになったのは、テントの内外を自在にフレーミングする演出のキレ(近年は外使いに対して消極的な側面もありましたが)以外に、2Bさんのパフォーマンスが大きかったのでした。舞台の板を踏み鳴らす足の敏捷さ、番組のユーモアセンス、思わず耳に残る詩的な台詞、どれをとっても輝かしく、一時など、不思議と自分に2Bさんの足運びが乗り移っていた時期がありました。

 

もう見られなくなるには違いないが、止めるべきときに止める判断の確かさを疑わないので、さみしさはありません。しかし。

 

どくんごの2Bとして皆様の前に現れることはもうありませんが

 

と書かれてしまえば、やはり「2B」がこの世からいなくなってしまう、小さくない欠落を抱えなければならない気持ちになってしまう。確かにあの板の上で、天幕の下で「2B」が生きていた、と信じられるからこそ、逆説的に、「2B」の死をリアルに感じてしまう。さみしい、とか続けてほしい、というものではなく、やはりこれはひとつの確かな死であると受け止めたほうが、自分としては納得がいく。本人も含め、異論のあるところでしょうが、そんな心持ちです。

 

それにしても、周囲の感謝に紛れていきなり、もういなくなってしまう宣言がなされる、尋常ならざる退団報告ではなかろうか笑  

20191209 10年代の好きな映画10本

2010年から2019年までの間に"日本公開"された作品から10本選びました。

 

なぜ"日本公開"に合わせてるのかといえば、これもしかして製作年もっと前じゃね?と調べたら案の定だった作品が2本もあったからです...もちろん他に気に入っていた作品もありますが、まあこっちのほうが好きかな!とざっくばらんな態度が厳密さに優先しました。

 

選定は、あくまでも私的な興味関心と重なったことが優先されます。ゆえに『ホース・マネー』や『15時17分、パリ行き』や『ゴダール・ソシアリスム』は、映画経験として忘れがたくとも、好みという範囲からいうと外れてしまうのです。ギリギリで『アウトレイジ』『アンジェリカの微笑み』が入りそうでしたが、別の作品に譲りました。しかしやっぱ『リアルスティール』『ラッシュ/プライドと友情』も捨てがたかったな...まあ、こんな感じでキリはない。ではランキング形式でどうぞ。

 

 

 

 

 

 

10位 アンストッパブル / トニー・スコット


列車が暴走し、それを止める。これだけの話に、どれだけのアクションが盛り込まれているか。三宅唱監督の映画講義において指摘された、トニー・スコットにおいて、登場人物が出来事に参入していく決定的な瞬間に訪れるアクションである「逆走」のモチーフは、映画中盤に現れるのですが、映画序盤で不吉さを担う、「背後を見ること」もまた、この逆走にあっては市民を救うためのポジティブさとして描かれます。マイナスとマイナスの掛け算がプラスになるような演出が、ごくさりげなく、しかし大胆に提示されている。また、トニー・スコットで描かれる、アクションの中心にいる者を、そこから遠くにある者たちがモニターなどで見守り、そしてそれらがしばしば強い肯定感に満ちていること、これらに、いかに勇気づけられるか。最高です。

 

9位 たまこラブストーリー / 山田尚子

 

TVシリーズたまこまーけっと』の映画化として、愛くるしいデラをお役御免にしたうえで、たまこともち蔵の恋模様が、きわめて上品に、しかし燃えるような情熱を惜しむことなく展開していきます。ラストの京都駅ホームでたまこがもち蔵にすべて投げ渡してしまう紙コップの糸電話がもち蔵から投げ返されるぎこちない往復に至るまで、わずか80分未満。サムネイルに描かれている鴨川デルタの夕景の美しさとストリングスの劇伴の美しさも忘れがたいです。おそらく、初めて買ったアニメのBDかもしれません。

 

 

8位 さらば愛しきアウトロー / デヴィッド・ロウリー

 

今年見たばかりの映画を入れるのはどうかなあと迷いましたが、これほど自分にフィットした映画も近年ありません。Jackson.C.Frank"Blues Run The Game"なんて、私の大好きな曲が流れ出す、夜景でのカーチェイスに滂沱の涙。刑事であるケイシー・アフレックが居合わせるところで行われる銀行強盗のシークエンスを見直すのが楽しみです。

 

7位 嵐電 / 鈴木卓爾

 

これも今年です。鈴木さんの映画は機会がなく、2本も見落としてしまっていて大きな損失を感じますが『ゲゲゲの女房』の素晴らしさからなにひとつ変わらないどころか、ますます変幻自在に、魔法としての映画を見せてくれます。

 

6位 Playback / 三宅唱


現在、世界で最も新作を楽しみにしている映画監督となった三宅唱さん。もったいぶりもセンチメンタリズムもなく、あっけらかんとおじさんたちを高校生にしてしまって、またそれをことさらに面白がるでもない、絶妙極まりないバランス。当時20代と思えないほど、ベテラン俳優たちから自然な演技を引き出していて...いや、それはより正確に言うなら、俳優全員に共通のグルーヴを与えていて、またそれが「いい雰囲気」としかいいようのない柔らかで魅力的な空気に包み込まれているのに、驚くしかないのです。

 

5位 それから / ホン・サンス

 極端にいじくりまわされた時制と、そんな挑戦的なスタイルが結局はキャリア最高にだらしないくそオヤジの醜態を描くのに結実していること...あまりの馬鹿馬鹿しさに、めずらしく映画館で笑ってしまった。同時にちゃっかり雪の降る夜景なんか撮ってしまう図々しさ。

 

4位 ファンタスティック Mr.FOX / ウェス・アンダーソン


2009年制作。。『犬ヶ島』はもちろん『グランド・ブダペスト・ホテル』でも満足できなくて、まあそれはこのアニメが素晴らしすぎるからで、しかたない。

 

3位 シルビアのいる街でホセ・ルイス・ゲリン

 

これもスペインでは2007年公開...しかし、映画館に三度足を運んだほど気に入った作品です。セリフがないという意味では準サイレント映画であるし、しかし芳醇すぎるほどの音・音・音。ひとまず、映画という視聴覚への快楽装置のもっとも極端な例のひとつではないでしょうか。

 

 

2位 ナイト&デイ / ジェームズ・マンゴールド


この10年で最も繰り返し見た映画じゃないでしょうか。トム・クルーズは常に素晴らしいですが、この映画のトムはほとんど完璧。常にヘラヘラとして、それでいて真面目。あらゆる人が絶賛するトム・クルーズの美点を最上級に引き出してくれています。相方のキャメロン・ディアスもまた素晴らしく、トムに引っ張られる役どころがしっかり後半で逆転、ジェームズ・マンゴールドのツボを押さえまくりの演出はいちいちがおかしい。省略のギャグもふたりにぴったりですが、敵方に打たれた注射に酔ったキャメロンが、突然大胆にトムを誘惑して、それに応えるよう銃弾の降るなか、ごくゆっくりと彼女に歩み寄りキスを交わすシーン!
全体に、私が最も好きなスクリューボール・コメディの手触りが未だにハリウッドで息づいていることが伝わってくる点も含めて、この10年間と問わず、最高に好きな映画です。

 

 

1位 次の朝は他人 / ホン・サンス


例外的に同一の監督の作品を。この10年は私にとってホン・サンスの10年でした。 似たような映画を大量に作り続け、ときに技巧的に過ぎて、最上位の作家ではないのかもしれませんが、この映画はただただ身震いするほど美しく...「官能的」という語彙を用いざるを得ません。反復される物語はホン・サンス得意の方法ですが、そうした形式に音楽に近い受け取りをしてしまいますし、またモノクロの画面こそ、そうした美しさにふさわしいと判断してしまうむしろ衒いのなさ(『それから』もモノクロですし、自分の嗜好はあきれるほど単純です)も好ましく思います。また、ホン・サンスの映画は大抵がどうでもいい話をどうでもよさそうに繰り返すだけ、とはよく言われますが、そこには性の香りが執拗に漂います。それを惨めではあれ、こうして美しさのもとに描かれると、自分は弱いのかもしれません。

 

 

 

映画は不勉強になる一方、やはりいちばん自分に合った芸術形式です。
14歳から本格的に見始めて以来、ジャグリングの練習以外でもっとも時間を費やしたのが映画のはずです。

しかしこの10年というと、自分の20代がおおよそ収まるかたちですが、そうした世代的な心境の反映はあまり感じず、むしろそれなりの数を見通した上で得られる展望に基づいた映画の見方や好みの出方が、選んだ結果おもしろく思いました。特にアメリカのジャンル映画に対する距離は、ほぼ生得のものでなく、タランティーノ蓮實重彦といった人たち(全然違うふたりですが笑)に導かれつつのものです。これはあたり前のことだけど、なんでも数をこなすことで自分の趣味なんぞ変わっていくものだと思います。

 

 

そうそう、そもそも映画を最初に見出したとき助けになったのはこのランキング本でした。多くの人のベスト10を眺めながら、趣味の良さや悪さを勝手にわけも分からず批評していたものです。「ベスト10」遊びが好きなのは、この頃から変わっていないようです。色んなジャンルの「ベスト10」が見られるといいなあ。ぜひ、どうですか。

 

大アンケートによる洋画ベスト150 (文春文庫―ビジュアル版)

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  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1988/07
  • メディア: 文庫
 

 

 

20191208 2019年のベスト...アルバムと映画とステージ

毎年恒例のやつです。

 

年末になるとバタバタしそうなので、一息ついているこのタイミングで...
音楽と映画とステージから。音楽は全然ひっくり返りそうなんですが、まあいいとして。

 

 

音楽

基本的にアルバム単位で。いつもはランク付けをしないけれども、音楽だけこころみに。
それぞれの作品が「優れているかどうか」は、聴取経験のなかで半ば無責任に判断される程度で、胸を張って証拠らしきものを提出できるわけでもなく、好みの10枚というだけです。くり返し聴いたか否かだけでなく、そのミュージシャンとの距離の近さみたいなものが順位に反映されており、要するにお遊びです。

 

 

10位 Fuck Yo Feelings / Robert Glasper 

 

9位  CIRCUS CIRCUS / ゆるふわギャング&Ryan Hemsworth

 

8位 燦々 / カネコアヤノ

 

7位 新しい人 / OGRE YOU ASSHOLE 

 

6位 調べる相対性理論 / 相対性理論

 

5位 Crush / Floating Points

 

4位 Cherish / KIRINJI

 

3位 METAL GALAXY / BABYMETAL

 

2位 歳時記 / 3776

 

1位 mint exorcist / FINAL SPANK HAPPY

 

 

日本の音楽ばかり聴いていて、自分でも驚きなのですが、これは海外より日本の音楽のほうがおもしろい、などということではありません。単に受動的な態度で音楽を聴いていたら、こうなったという偏りの表れ。ではあるけど、こんなに日本の音楽が楽しいのはいつ以来でしょうか。個人的な思い入れも多いに込みでほんとうに感動的なベビメタの3rdアルバムについてや、ライヴを中心に感想を書いた3776のアルバムなど、また今年最高の歌「killer tune kills me」を聴かせてくれたKIRINJIの超超すばらしい新作を超えて、先日ふれたようにFINAL SPANK HAPPYのアルバムが圧倒的に今年1番です。"刺さる"とはこのことで、サウンド面やアレンジはもちろん気に入りつつも、プロジェクトとしての魅力...すなわちおふざけを交えながらベタにメロウなコンセプトが、たぶん今の自分に最も必要な、ある意味で出自を再確認させられるような効果がありました。

『mint exorcist』はどの曲も素晴らしく、頭から終わりまで聴き通すことがベストな聴取体験ですが、個人的に参って参って仕方ないのは「tO→Kio」です。"銀座の街に革命が起こったらどのブランドを着て戦うかな" "このサロンの中であたし撃たれたらどのマカロンの血が流れるかな"と、きわめてスロウに、反時代的なまでの贅沢を歌い、それが革命と重ね合わせられることに、まさか呑気さはないものの、やはり贅沢さに与することの政治性...というまでもなく、市民としての、そして芸術家としての矜持を受け取ってしまいます。

もう少しここにこだわってあと一点指摘しておくなら、銀座の街の革命と、サロンで撃たれてしまうシーンが極めて映画的に想起されつつもも、"どのマカロンの血が流れるかな"というフレーズに見られる詩的な結合は、映像的な想像を脱臼させて、その軽薄さと死を妄想する官能が、これ以上なく魅力的に機能しているパンチラインでしょう。また、オリジナルのけものver.ではこの歌詞はなく、新たに付け加えられたことをとてもうれしく思います。つい先日、うっかり銀座でこの曲が流れ出した陶酔感と言ったら...!

 

サブスクの力に加え、ハイレゾのストリーミングサービスにまで手を伸ばして、ますます音楽が身近になりつつあるいま、10枚に収まらなかった作品もタイトルだけ。

 

Dystopia Romance 4.0 / Have a Nice Day!
JESUS IS KING / Kanye West
ADVISORY / KANDYTOWN
Blood / Kelsey Lu
amo / Bring Me The Horizon
Fever / Meagan Thee Stallion
Moonlight Tokyo / カイ
Points / ・・・・・・・・・
 
昨日配信開始のこちらもおまけ。すっばらしい。
空耳かもしれない / SAKA - SAMA
 
 
映画
 
今年は転居した地の利で、どれだけ映画館へ通うことになるかと思えば、さっぱりでした...ユーロはおろか、ヴェーラは一度も行かなかった。フィルムセンターもしかり...したがって、選んだものはほぼすでに記事にしたものばかりですが。備忘的にタイトルから当該記事に飛ぶようにしています。
 
 

 
さらば愛しきアウトロー / デヴィッド・ロウリー

 

 
ここ数年のうち、鈴木卓爾さんの『嵐電』に優る映画は、世界中見渡した上で、何本見つかるでしょう。物語に奉仕されるショットと「京都」という磁場に寄り添うショットは火花を散らすように衝突しあい、時空間を歪ませ、ときに異様なフレームを析出します。妖怪が出てくるのも無理はない。
3776さんの方法について、アイドルというジャンルのストレステストを試みているようだ、という趣旨のことを書きましたが、『嵐電』にもまた、似たような手触りを感じます。映画は、こんなように引っ張っても叩いても、映画のかたちを保ったまま、我々にとって謎を残して、魅惑し続ける。
同時に、『さらば愛しきアウトロー』の、『嵐電』に比べればいくらか素朴に映画を信じている姿に、ボロボロと泣いてしまったり。きわめて品のいいサウンドトラック。ケイシー・アフレックのカサカサと紙をクシャクシャにしたような声。レッドフォードのカーチェイス、微笑みと苦悶それぞれの表情。朝焼けを丘の上から望む馬上のレッドフォードと、彼を追うパトカーのランプ。そしてラスト間際にインサートされるシーンの軽やかさ。何をとっても手放しに素晴らしい。
 
 
そう、たとえば映画というフィクションの形式に対する"信"の問題があるとするとき、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、きわめて違和感やしこりの残る作品で、もう一度くらい映画館に観に行きたかったのですが...フィクションの優位性を高らかにかかげる程度の作品ではないと思うのだが...こう考えつつも日々に流されてしまい、つくづく粘り強さの必要を感じます。
 
 
などと妙な反省をして最後。
 
 
ステージ
 

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音響や演奏の素晴らしさが、単なる高揚感に結びつくわけではない経験を与えられ、いまだに消化しきれないパフォーマンスです。芸となれば、どこに力点があるか、さすがに自ずと肌感覚的にはつかめてしまうのが大概ですが、坂本さんのステージは、どこに力がかかっているか非常に捉えづらく、安易な連想を許してもらうなら、古武術の技をかけられているかのようです。しかし、古武術のようなミニマムさとは相反するようにゴージャスでもあるから、ことは余計にややこしい。音楽はすべて、私にとって基本的には快楽ですが、これが快楽だとしたら、そうとうに奇妙かつ微妙な味わいを感じ分けるツボを拓いていく必要があるでしょう。そうした経験をもたらすパフォーマンスに、あと何度出会えることでしょう...凄すぎました。
 
 
盆と正月が一緒に来るよ! 〜歳時記・完結編〜 / 3776 (WWW)

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モノづくりの人として、圧倒的なステージの違いを感じさせてくれる石田さんには、もう尊敬の念しかありません。正統ながら正統にすぎるあまり狂っているように見えてしまう、「アイドル」というジャンルの、そして「3776」というプロジェクトへの律儀にすぎるアンサー...来年2月29日のワンマンも注目しています。
 
 
BABYMETAL WORLD TOUR IN JAPAN -DAY1- / BABYMETAL (さいたまスーパーアリーナ)

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たいへん暖かな気持ちにさせられた(笑) というくらいで、実は言いたいことは少ないのでした。興奮よりも、落ち着けるような気分になってきたし、なによりニコニコと笑うSU-METALが見られるのは、眼福というやつです。終演後に友人たちとどうでもいい話が出来る場としても、とてもいい時間を過ごせました。
 
 
入船亭扇辰  /   鈴本演芸場7月中席 夜の部 7月17日「麻のれん」渋谷らくご 1月14日 「明烏
 
これもちらっと書いていましたが、今年ははじめて落語会に何度か足を運んで、映像でも過去の名人の噺を見始めた年でした。春風亭一之輔さんや古今亭志ん輔さんの芸も印象深いけれど、入船亭扇辰さんのエレガンスさにすべてを譲ります。有名なシーンとは知らずに見たとはいえ、「明烏」の、一夜明けたあとに甘納豆を食べるシーンのなんともいえない良さ... 「麻のれん」も、なにがあるというわけでもない噺で、それはそれは私好みでございました。
 
落語はちょっと早いうちに落ち着いてしまったのですが、金原亭馬生「笠碁」に出会ってしまったのも大きいかもしれません。
そしてアイドルではNILKLYが印象強いものの、決定的なこれぞというステージはまだなく、強度の問題というより、かける期待の問題です。MIGMA SHELTERなんかも、超やばいことになってますし、相変わらず楽しませてもらっています。
 
 
 
 
本は新刊というくくりで意識してないことも多いので、割愛。強いて言うなら上半期にも挙げた三浦哲哉『食べたくなる本』と、平倉圭『かたちは思考する』でしょうか。
 
 
 
 
音楽は、Apple MusicのReplay'19の教えるところによれば227枚のアルバムをチェック。配信のないものを含めても250枚前後でしょう。個人的な記録で、映画は45本。ステージは47本。とのこと。映画は少ないっすねえ。もうこんな調子が何年も続いているのだから、これが平均なのだが。
 
 
 
 と、こんな調子でございました。
こうして書き出すと、自分がいま何に惹かれ、何を受け取ったのか、いくらかクリアーになるような気がします。そして'10年代のしめくくりということで、それに準じた遊びもチラホラ見受けられ、この10年がなんだったのか、作品を介してまとめるのも楽しそうです。映画だけやろうかなあ。

20191201 第2回 せんだいキッズジャグリングフェスティバルがおわりまして ※12/7写真追加


『第2回 せんだいキッズジャグリングフェスティバル』がおわりました!

 

昨年に続いて2回目、しかし後ろ盾のない完全な自主企画としての2回目は、想像以上に困難であったものの、どうにかやり通すことができました。

 

裏話を話しだしたら際限のないことなので、まずは将監けやきっこ放課後教室の職員、父兄の方々、なにより子供たちに助けられました。そもそも、今年は子供たち自身に継続の意思を確認しての出発でした。私の転居、事業予算など、本当に出来るのか最初はかなり不安がありました。くわえて、新しい挑戦に対する練習期間の短さ...これが可能だったのも彼ら彼女らが「やる」と口にしたからこそです。美化しても仕方ないので正直に言いますが、けっして常に勤勉な練習態度だったとは言えない(笑)ものの、ジャグリングの技術力だけでなく、意図するものの理解力に、飛躍的な成長を見せてくれたのでした。本番後の、出来への少し不満げな顔にも、それを感じ取ります。

 

ひとつレファレンスを。三部構成になっていた子供たちの発表の第一部では・・・・・・・・・「サイン」のPD版インストの一部を使用しました。四つ打ちに合わせてディアボロをトスし、シンプルながら様々なかたち・リズムを刻むというだしもの。こうしたパフォーマンスを子供に行ってもらうとき、ともすれば軍隊式のキビキビと規範的にすぎる身体運動がむしろいやらしくあるのですが、楽曲の快楽的で爽やかなサウンドが、それらを避けることに大きく作用したと思っています。ちなみに、ひとりは気に入って家で繰り返し聴いていたようです。都市の幽霊よ永遠に飛び交い続けろと言った塩梅に、世代も場所も超えたささやかな誤配を促した次第です。

 

dots.tokyo

 

 

ゲストの山村佑理さんは、2013,2014年のホゴノエキスポ以来。浅からぬご縁を頼りにまたお力添えどころかイベントの背骨を通してくれた、というほどにご活躍いただきました。WSは参加せず近くで見ていた方々にすらご好評いただいておりました。彼のジャグリングがまたこうして近くで見られること、それを多くの方と分かち合う場ができたことを嬉しく思っています。それにしても、フロアで遊んでたクラブがめっちゃうまかったな。

 

 

個人的に、今年は悔しい思いをする物事が少なからずあり、このフェスティバルにしても反省事はつきませんが、2年続けられてよかったなと思うばかりです。そして各所へ直にチラシを配り話してくれたホゴノプロフィス代表の本郷、そしてタゴマル企画で一緒に動いてくれているぼたもち堂くんがいなくては、まったく成立しません。さらに、子供たちに「手本」となる動画撮影を行ってくれた石橋くん、翔くん、谷くん、水戸さん、当日のWS講師を請け負ってくれた長瀬さん、竹林さん、協賛していただいたジャグリングショップナランハ、RADFACTOR各位のご厚意に改めて感謝致します。

 

また来年お会いしましょう!

 

 

 



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そう、来年もやるぞ! きっと!!

 

 

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撮影:本郷仁一
 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま終わればそれらしいのですが、つとめてそれらしくしたくないし、昨日の晩にへとへとなまま聴いたこちらについてだけ。

 

 

www.bureaukikuchishop.net

 

なんということか!酒も入りくわえて夜行明けの疲れたはずの体が、2時半まで繰り返し聴いてしまうほどの素晴らしさ。拝み倒したいほど愛すべきアルバムであり、また、こんな作品が作られてしまっていることに、身を焦がすほどの嫉妬の炎に苛まれる。今年ベストどころか、生涯のフェイヴァリット・アルバムになりかねません。音楽なんて皆さんが考えるよりずーっと簡単じゃないっスカ〜と嘯くODさんの言葉には、ありふれた物言いを超えた爽快さすら感じます。いや〜ちょっとこれはすごいじゃないっスカ!!

 

20191108 『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』

仙台滞在中の時間を使って『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』をせんだいメディアテークで観てきました。

 

www.smt.jp

 

結論的に言うと、近年こんなに感動させられた展覧会もなく、あわや落涙せんばかりのインパクトです。現代美術に昏い私でも、あるいはまたそんな者にこそ訴えかける展覧会かもしれません。

 

青野文昭さんは「修復」をモチーフに作品を制作する作家です。打ち捨てられていたモノをなおし、また拡大解釈的に延長してしまう、そこはかとなくユーモラスでもある作品群が特徴です。

 

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写真はすべて11/6の展覧会にて撮影

 

こうした作品の主題は現在まで一貫しつつも、3.11後を大きな境目として、修復される器物に人型が浮かび上がるようになったといいます。*1

 

今回の作品群でも、場内でひときわ目につくのは、箪笥や車が融解するように接合するオブジェと、そこに浮かび上がる人の姿や衣服たちです。

 

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こうした「人」の影はどこか幽霊めいており、一方で器物たちも互いを補い合いながら勝手に動き出しそうな、付喪神よろしく妖怪のような雰囲気を醸しています。よく見れば車は地を離れ、樹木は中空から根を伸ばし、私たちとは重力圏を別にした、この世ならぬどこかで浮遊しているような、奇妙な感覚を与えます。
しかしながら、それらが不気味でなく、むしろ笑ってしまうような間抜けさを大いにはらんでいるのが、心地よくあります。(上の写真の首輪に繋がれた犬=碁盤!)

 

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今回の展覧会では写真撮影がOKとのことで、こうしてiPhoneでパシャパシャ撮っていたりしたのですが、どうにもしっくりきませんでした。
というのも、会場にある作品群は、大きいもので車や船、あるいは箪笥といった人体と同等かそれ以上のスケールをもったオブジェですから、実は写真で捉えるようなフレーミングとはまったく違った形でのフレームが与えられます。
たとえばすぐ上の写真の場所で私は、開かれた引き出しに入っている一葉の白黒写真–––結婚式の写真–––に目を引かれ、やがて右手の箪笥に直接穿たれた穴が目になるへのへのもへじ、さらに祭り半纏を纏ったのっぺらぼうへと、段階的に、徐々にカメラが引くようにしてフレームが生起したのでした。

 

多段階のフレーミングは、会場を回遊している間、様々な水準で生じます。ひとつところに目を奪われて注視しようとすると、足元に人の足(!)が生えていたり、それに促されて視線を上げると実際の自転車の前輪があり、導かれるように運転手の方へ目をやると、消え入りそうな輪郭線が箪笥の地と融解し、全体を眺めようとすれば、さっき歩いてきたエリアにある遠景のオブジェ群が、また違ったスケールを与えたり...こうした運動は、ほとんど無限に思われるリズムで観客の身体を異なる世界へ攫っていきます。更には、そうした即物的な運動感だけでなく、顔のない(目鼻が描かれていない/頭部がない)人々という匿名的な「人」と、先ほどのような写真を介しての記名的な「人」とが混在することで、実在・想像の境界を乱してしまうことにも気付かされます。

 

 

展覧会の白眉とも言える八木山にちなんだエリアでは、青野さん自身の経験と記憶を参照しつつ、古代から3.11以降の時間までを、恐ろしい密度で圧縮します。動物園のトイレで出くわした少女や金魚の死、動物たち、脱走した動物たち、青野さんの部屋、そして部屋にあった怪獣の人形、祖先、鯨、蛇、蛇取りのおじさん、ダイダラボッチ...こうして書き並べると、たとえばコーネルのような私秘的でミクロコスモス的なオブジェを想起しかねませんが、先程言ったような身体と同等・それ以上の物量は、強く見るものを巻き込んで数千万年のタイムスケールに誘うのです。また、このエリアを構成する、やはり箪笥たちが、生活に根ざした器物であるのも、純化しきれない、言いしれないものを与えていることでしょう。更に付け加えるなら、青野さん自身の記憶を参照しつつも、青野さんがイメージを統合する主体ではなく、あくまでも八木山という霊的な磁場に絡め取られるひとつのファクターでしかない、という手触りを、決して忘れてはいけない気がしています。

 

そしてこのエリアを抜けた最後に現れる光景に、思わず胸を打たれてしまったのですが、こればかりはぜひ実際にご覧いただきたいものです。

 

  

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それにしても、この会場には犬たち(をはじめとする動物たち)が沢山いて、最後の最後まで犬が傍らにいます。私が大の犬好きだということを差し引いても、魑魅魍魎や幽霊たちが跋扈する会場にひときわの温かみを与えてくれているのが彼らでしょう。記憶と歴史の片隅で、名もなき人/モノたちを慰撫するようにして、ただ存在してくれた獣たちの魂の慰霊の場としても、少し特別な感情を呼び起こされたかもしれません。

*1:書本&cafe magellan店主高熊さんとの会話より