石原さゆみ『キッチン』 または祈りとしてのストリップ

※本記事は演目への詳細な言及を含みます

 

さゆみさんには–––と、つい親しげに呼びかけてしまうが–––きまじめな分析や批評の網目をひょうひょうとすり抜けていくような、とらえどころのなさがある。
さゆみさんこと踊り子の石原さゆみは、笑顔なのにふてぶてしくあったり、シリアスなのにユーモアが滲んでいたり、何気なくうつむけば艷やかに色気が香ったりする、無二の顔つきを持つ。パフォーマンスでも踊りが際立って巧みだとかそういうわけでもないのに、ここぞという瞬間は逃さずキメてしまう。かと思えば、やっぱりみすみす逃しているようなこともある。
さゆみさんに言葉は不似合いだが、何考えてるんだかさっぱりわからんという引っ掛かりが、ああだこうだと言ってみせたくなる。だが結局はあえなく空回る言葉たちがさゆみさんへ涼やかな風を送っていくにすぎないだろう。

それでも、2021年5頭に渋谷道頓堀劇場にて初出しされたさゆみさんの演目『キッチン』は、ある価値体系に則って上下を決定づける不束かさが似合わないストリップという文化において、こう言ってしまうことにためらいはあるが、やはり「傑作」と呼ぶにふさわしい。同時に、「傑作」と呼んでしまうことで、この演目がまとう慎ましさを損なうのではないかという恐れもある。
ともあれ『キッチン』は2022年5頭に再演、そして同年6頭にはデビュー1年に満たない後輩の天咲葵に貸し出され、なんと本家の倍以上の回数が演じられた*1

さゆみさんに言葉を向けることが無意味に思われる一方で、『キッチン』という演目は言葉を尽くすべき演目であるとも思う。
6頭の天咲さんのバージョンを記憶の補助線としつつも、5月2,5日の2回観ることができたわたしの『キッチン』の経験をもとに、印象も含めて詳細を残しておきたい。


***


ストリップに不慣れな読者を想定して、簡単に確認しておこう。ストリップは形式性の強い芸能である。
本舞台での立ち踊りから、盆/でべそでのベッドショー≒臥位や座位でのポージング*2へと脱衣を伴いつつ移行する進行は、揺らぎを持ちつつも大枠としては共通している。差異化は衣装や選曲、そしてもちろん振付によってなされる。それぞれに意味性が強い場合もあれば、特に具体的なイメージを伴わない場合もある。

『キッチン』は、そうした意味ではひじょうに意味性の強い演目であり、演劇的といっていいほど舞台設定が明瞭にある。くわえて、この演目を特徴づけているのは本舞台奥に設えられた可動式の「キッチン」のセットである*3
「キッチン」は間口が1200mm程度のミニキッチンである。前面部には花柄がぽつんぽつんと数か所にあしらわれている。
上部には蛇口があり、左右には洗剤や酒瓶が並べられている。下部には戸付きの収納スペースがある。つまるところ"ごくふつうのキッチン"を想起すれば舞台上に置かれているセットとほとんど相違がない。また、自ずからそれが設えられている部屋のサイズが想起される。アパートもしくは団地のような広さ、だろう。この演目がときとして観客から「団地妻の演目」と称されていたことも、おそらくはこのキッチンのデザインにひとつの所以がある。
そしてまた、「キッチン」の上方に伸びる、四角窓を備えた壁がせり上がってもいる。この壁は演目に直接関わることがないが、キッチンが設えられている空間が、その想像上の空間の「行き止まり」であること、また話をすこし先取りするなら「行き詰まり」でもあることを、窓というわずかばかりの風通しは残しつつ表象している。

『キッチン』は夫婦生活を描く演目だと言える。
M1、"あいさつ"の掛け声とともに、時代がかった白頭巾に割烹着、下はもんぺ姿のさゆみさんが板付きの明転で現れる。爆音で流れだす楽曲は「母」がテーマのポップソングなのだが、男声歌唱であり、また異性装のキャラクターソングでもある。「母」ステレオタイプは時代とジェンダーとに微妙なズラしが与えられている。それは必ずしも戦略的なものではなく直感的な選択によるものとも思われるのだが、続くM2で衣装替えが行われてなお、女声歌唱による「夫」の語りである歌が選ばれるとき、ジェンダー交差によるズレはなお補強されることになる。こうした選曲の妙が、コミカルな前半部に効いている。

M2、髪を後ろでまとめ、白地に花柄のブラウスの裾をやはり白いエプロンを巻いたミントグリーンのスカートにしまいこみ、黄色いカーディガンを羽織った妻が部屋で掃除に洗濯、夫の送り出しを行う。
長箒を手にしたミュージカル調の振付が楽天的な空気を高めて、そのままの勢いで袖から取り出した洗濯カゴは大胆にひっくり返して衣類を床に放り出す。正座して、Tシャツ・ボクサーパンツ・白いワイシャツのそれぞれを雑に畳んで(この雑さがいかにもさゆみさん)いく。ワイシャツの襟首に顔を寄せれば落ちきらない臭いがあるのか、うすく顔をしかめたようにも見える。
衣類を畳み終わると、上手奥の椅子にかけられていたジャケットとネクタイ、黒い革の鞄を手にとって、かぶり=最前列の席に座る観客へと実際に着せ付けていく(といっても雑に)。踊り子の「夫」に見立てられるちょっとした観客サービスでもある。盆から本舞台へ帰っていくとき、手に残ったハンガーを指でくるくると倍テンで回しながらスキップして帰っていくのだが、ここのシーンのうきうきした様子がとてもいい。

演目はM3以降、転調を迎える。
夫を送り出した妻はキッチンに手をかけ、束の間佇む。アコースティックギターのリリカルな伴奏が、「普通の家庭」を歌う。
下の収納からウイスキーボトルとグラス、タバコと灰皿を取り出してそれらを手慣れた様子で嗜む。さゆみさんは客席にほとんど背を向けたまま、それらを嗜む顔がどのような顔つきなのか、ほとんど見せることがない。

このシークエンスでは、白いエプロンを一枚外すに過ぎないのだが、何かが露わになっている。
ストリップとはいわば「見えないものを見せる」芸能とも言える。そして裸になる、とは単に肌を露わにするだけでなく、心の内を明らかにする、という意味でも使われる。ただし、それは『キッチン』においては窃視でしかない。夫の不在のうちに酒と煙草を飲む姿を窃視することには、いかにも妻の内面を覗き見ているかのようだろう。ただし、覗き見る観客の大半が男性であることを自覚するとき、ここで見えているものは、我々にこそ見せていないものだと突き返すような強い巻き込みがある。
『キッチン』において真に脱がれ、露わになるものは"不可視そのもの"である。妻の心は夫の前では決して明らかになることがない。見ているようで、見えていない、そのこと自体が、今、見えている。
回転盆が静かにせり上がると、収納の扉を半開きにしたまま、さゆみさんがそこに向かって腰掛ける。具象的だったキッチンという場から離れ、抽象的などこでもない場所としての「盆」へと移行して部分的な脱衣が進む。自慰というにもあっさりした体の弄りがすむとそのまま眠りにつく。M4のイントロ。盆はゆっくり回り続けている。

『キッチン』のクライマックスにもまた、ポーズが切られる。
眠りから醒めて臥位から上体を起こし、サビが始まると四分円の円周をなぞるように、ゆっくりと脚が持ち上げられる。絶妙に押韻する歌詞に次いで「わたしたち」と歌われる。逃避を描くこの歌が連帯を告げる「わたしたち」に観客の男たちが含まれることはない。
夫婦生活の倦怠を伺わせるような喫煙や飲酒が妻の孤独を思わせ、そしてそれをことさらに訴えるようではなく、とうに何かを諦めてしまった孤独な人間の姿として観客に与えてきたさゆみさんは、描写の積み立ての先に、演じてきた役柄/役割を脱ぎ捨てるようにして、ストリップの形式性=盆/ポーズにその身体を委ねている。ここでは、特定の誰かではない、すべての妻たちへと捧げるような、儀礼としてのポーズがある。それはほとんど祈りと見分けがつかない。
祈りとは、言葉の尽き果て、もしくは言い尽くせない思いをその形式に預ける限りにおいて「私」の脱ぎ去りでもある。個性は求められず、論理的整合性のような証明も必要としない。それゆえに複雑な「私」を委ねられる。それだからこそ「わたしたち」は慰められるだろう。

たった4つ切られるに過ぎない静かなポーズは、ラストの4点ブリッジで、宙空に伸びた腕が「おわる」と歌われるその瞬間にくるりと手首を回転させてから閉じられる手によって、何かを確かに掴んだというよりは、やはり言いようのない諦めを認めて力なく締めくくられるようでもある。答えは特にないまま、夫の帰宅の気配に気づいた妻は慌てて身繕いを行い、酒や煙草を収納に押し込み、消臭スプレーをキッチンに吹き付ける。SEで鋭くドアチャイムが鳴る。しかし、収納の戸が半開きになっている。
夫を出迎えるため花道へ進み出るその瞬間、両手の人差し指で口角をぐっと押し上げてから、扉を開く。夫=かぶりの客からジャケットとかばんを回収して本舞台に戻り、また夫の方を振り返り笑顔を差し出しながら、後ろ足で半開きのドアを蹴り飛ばして閉じる。刹那に窃視できたかと思えた心のうちは、笑顔に引き裂かれてついに夫の前には明らかになりきらない。

最後、キッチンの前にまた立ったさゆみさんが、スカートをまくりあげて尻をみせながら、立てた人差し指を口元にあてる。この仕草は当然、劇空間内の「夫」に見せているわけではないだろう。ここで再びわれわれは、「見えないもの(=背後にあるもの)」それ自体を見せられていると解釈するしかない。
スカートをもとに整え、キッチンに置かれていた酒瓶とグラスをトレイに載せ、脚を一歩一歩クロスさせながら–––踊りながら–––盆前へと進み出て正座について酒瓶を夫の方へかたむけて、無言ながらも唇の動きから「おつかれさま」と発したらしいことが伺えたところで、照明が暗転して演目は終わる。

こうして演目を追っていくと、『キッチン』は妻の孤独を描いて夫の無理解を告発するような冷たい演目であるかのように思えてしまうこともあるだろう。
しかし、夫を送り出し、一人の時間を持ち、また夫を迎え入れる日々のサイクルは、たしかに孤独がありつつも「それなりに楽しくもある」瞬間も含んだものとして描かれてもいる。M2の楽観的なトーンは、必ずしも表面的な嘘とばかりは言えないだろう。日々の営みは強く否定もされていなければ、肯定もされていない。
どっちつかずの日々は、劇場の日常性とすら通底するかのようである。ストリップ劇場は優しく暖かである限り逃避の場でもありうるし、日々を何となく過ごすことの支えになる。同時に、それで何かが解決するわけでもなく、観客もそれぞれに孤独がある。孤独なものが互いの孤独を認め合うことが慰撫であるような世界がたしかにあり、『キッチン』はそれを演ずることによって示しているかに思える。
こうした射程の広さこそが『キッチン』を「傑作」と名指す誘惑に駆られる理由である。

 

***

だが、こう力を込めて言ってみせたところで、「そうなんだ、ありがとう、すごいね」とあっさりかわしてしまう、さゆみさんの控えめな声がありありと想像できてしまう。とはいえ、『キッチン』という演目の美しさに二回とも涙した身として、長いマジレスを返さないのも、それはそれで私にとっては不実なことなのだと思った。

*1:石原さゆみは2014年12月21日に渋谷道頓堀劇場からデビューし、2017年6月10日に引退。その後2019年1月2日に復帰し、現在に至るまで限定的に劇場出演を行っている。
その出演サイクルは、通常10日間連続で同香盤に出演するところ、石原は同香盤の前半5日間のみ出演することが基本的な復帰後の活動スタイルになっている。
つまるところ、『キッチン』は2021年5頭の5日間(×4ステージ)と2022年5頭の5日間(×4ステージ)のうち1日1回を基本として上演されていたことから、現在まで都合10回の上演にとどまっている。反復再演を基本としているストリップにおいて、相当に少ない上演機会と言える

*2:ストリップの形式性を確かにしているもののひとつに、「ポーズベッド」がある。エル、スワン、シャチホコ、ブリッジなどと名指すことができる型に基づいた「ポーズ」が演目のクライマックスとして行われる。型はしかし厳密な同定をもたず、微妙な変形を伴う。だが、まったくの自由というわけでもない。

*3:こうしたセットは、ストリップにおいては相当に大掛かりな部類にあたる。演者間の転換に多くの時間が割けない進行の必要上、出ハケに時間を要するセットは避けられる傾向がある。また、踊り子は巡業公演が基本の業態ゆえに、演目に必要な大道具が増えれば増えるほど職務上のコストが掛かるわけで、そうした演目が制作される機会は多いとは言えない

今年の制作・出演など

主な今年したこと。

 

2月
「宮城を発信!パフォーマンスライブ」にて旧演目のリメイク

2015年に制作したディアボロルーティンを1日目の公演用にリメイク。こちらから有料で他の演者と共に見られます。結構気に入ってるものだったのでまたできる機会があってよかった...が、冬の寒空のなか必死に稽古した思い出が。

 

5月
ヘブンアーティスト in 日比谷」出演
1年前のリベンジ。とはいえ、収録というかたち。

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自分で素材を編集したロングバージョンも。

 

 

7-9月
『レッツ!キッズジャグリングオンライン 2021』制作

昨年に続いて。ディアボロ入門編を3回の講座にまとめました。
2個を扱うウインドミルまで最短コースで向かう試み。

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9月
ピントクル主催『フニオチル 2』出演

こちらで動画が見られます。
無料配信だけあって、たくさんの感想をいただきました。夏中スタジオで苦吟した時間と、ストリップ観劇のフィードバックがある演目として思い出深い。

youtu.be

 

10月
Japan Juggling Festival 2021 ゲストステージ ※空転軌道として

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courtesy of Japan Juggling Association、photo by Mayuko

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courtesy of Japan Juggling Association、photo by Motofumi Kimura

遠征から配信から出演の多かった空転軌道。しかしこれはやはり大舞台でした。

 

11月
アイドル批評誌『かいわい vol.2』 編集・デザイン・企画
『イルミナ 2号』「裸は究極に真っ白なキャンパス」インタビュアー「ストリップは止まらない!スト客の話も止まらない!」座談会参加

執筆作業やら編集作業やら、楽しかった。夏頃から立て続けにインタビューというものを経験することになったのも貴重な経験だった。

 

12月
ストリップの文集『ab-(あぶ)』編集

思いつきで駆け込み発刊。

 

 

これ以外にも2020年と比べれば出演も増え、遠征もいくつかあり、何より久々のお客さま方と直に話ができたのが何よりのことだった。
また書きもの絡みの作業は圧倒的に増え、思いがけない繋がりが多々生まれた1年でもありました。

 

来年の抱負...というほどではないが、じっくりひとりの時間を持ってパフォーマンスの中身を焦らず、しかしゴリッと変化させていく予定!

今年よかったもの

毎年恒例、今年よかったやつ。

 

音楽


前半はK-POPばかり聴いていた。他に何聴いてたのかさっぱり思い出せなくなりそうだから、新譜旧譜問わず記録の意味で適当に挙げておく。

 

Annihilation - AAAMYYY
Bambi EP - BAEKHYUN
LOVE YOURSELF 結 'Answer' - BTS
Rare - Selena Gomez
Chemtrail Over the Country Club - Lana Del Rey
Friends & Me - C.O.S.A.
What We Drew 우리가 그려왔던 - Yeaji
Cavalcade - black midi
Strides - 小袋成彬
告白 - butaji
NO MOON - D.A.N.
Meu Coco - Caetano Veloso

 

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世界の宝のような...

 

 

映画


相変わらずぜんぜん観ていない。
しかし濱口さんの二作が、今までと全く違う領域に入り込んでいてどちらも素晴らしかった。

『偶然と想像』濱口竜介
『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介
『愛のまなざしを』万田邦敏
『べレジーナ』ダニエル・シュミット (再見)

 


『英語独習法』今井むつみ
『ハングルの誕生』野間秀樹
『公園へ行かないか?火曜日に』柴崎友香
『ヒップホップクロニクル』金澤智
『戦後韓国と日本文化』金成玟
暗黒舞踏の身体経験』ケイトリン・コーカー
『窮鼠はチーズの夢を見る』水城せとな

 

ストリップ

 

ひとり1演目縛りで。

1. 宇佐美なつ『サマーチュール』8中道劇
2. 友坂麗『B'z』10中DX東寺
3. 望月きらら(春野いちじく作)『ナース』10結道劇
4. 石原さゆみ『ダンス』12頭まさご座
5. 香山蘭『Mon amour』 9頭横浜ロック座
6. るあん『パラノイア』 8結道劇
7. ささきさち『スリーピーガール』10結栗橋ライブシアター
8. 黒井ひとみ『エスケープ』7頭道劇
9. 葵マコ 『You Can Cry』9中道劇
10. 中条彩乃 『祭音 3rd 4景』8結浅草ロック座   

 

どうしても例外的に重複させるなら、宇佐美さんの11中ミカド楽前4回目の『アンビバレント』は、演目の変化を追っていた(とはいえたった2週なのだが)過程で見られた特別な回でもあった。この回を共有できた喜びは、ちょっと代えがたいものがあった。

 

 

来年もストリップ観劇が中心になるだろうけど、深追いせずさくっと見てさくっと帰るを意識したい。しかし気になる人の4個出しとかだとそうも言えないのが悩ましい。
ほかは半年でストップした語学をリブートしたいところ。

ストリップの文集『ab-(あぶ)』発刊

人生を即興にするな、とジャズミュージシャンのロバート・グラスパーは言った。しかし思いつきで行動することの快適さはどうしたってあり、そういう快適さに乗っかってこれまでも色々やってきた。

即興だけに、もはや思いついた文脈すら忘れてしまったが、先月の頭、舞踊研究者の武藤さんにメッセンジャーで「今年のまとめ」を作らないか打診した。我々にとって「まとめ」たいものはストリップをおいて他にないのだが、とにかく、なんか喋って文章にまとめようという企画を私から誘いかけたわけである。

そしてそれから2週間ほど後、都内の会議室を借りて2時間ほどあれこれ話した。そのあと、なぜか気が大きくなって風呂敷を広げたくなったのか、またそこからさらに3日後の文学フリマ東京で『イルミナ』編集のうさぎいぬさんにインタビューの話を持ちかけた。1週間ほど経って都内のカフェで話を伺った。
これに前後して、まだ気が大きくなり続けているのか、今年自分の誘いではじめてストリップを見た友人たちへ文章を書いてくれるか連絡しはじめた。まあこれは別に自分の作業負担はほぼないので、実質何もせず原稿の厚みが増していったわけだ。都合3名の友人がエッセイを寄せてくれた。

そんなこんなで、再び武藤さんと対談の続きを収録したりして、なんやかんやと文字を起こしたり編集したりしたところ、40,000字前後の文字が並んだ「今年のまとめ」が生まれたのである。発案から1ヶ月半。コロナ禍のスケジュールが手伝って、どうにかなるもんである。

唯一、自分が書いた論考めいた文章だけはどうにかなったのか頼りないが、「今年のまとめ」をするからにはひとつのけじめとして書いておかねばいけない気になったので、なんとか書き終えた。いちばん堅い文章だが、別にこんな事ばかり考えて見ているわけもなく、しかし見ているうちに残った質感をひとつずつ手繰りよせて書いたものである。

で、どうにかなった結果をpdf/epubでリリースしました。
年末年始の読み物にいい塩梅......とは言いがたい量かもしれませんが、ストリップって本当に面白いな、という気持ちで作られたものなのは間違いないので、ノリと熱を感じて楽しんでいただければ幸いです。

 

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京都旅行に行った

気づくとストリップのことしか書いてない...ので、京都旅行の話。

過日、家族の祝いを兼ねて京都旅行に行った。とくにこれといった目的のない旅は久々。街を歩き、食事をするだけ、である。宿も京都駅目の前でこりゃ便利、と思いきや、駅周辺にまともな飲食店が本当に少ない。
唯一、ラーメン屋の第一旭は超がつくほどの行列。早朝営業が売りの一つの店だが、朝ならいけんじゃねと甘く見ていたら夜より行列。さようなら。しかしなんと神保町に支店ができるとのこと。気が向いたら。

1日目は市街地を歩き回るだけでこれといった収穫もなし。唯一、シャレたような"カフェ"に入ったら、なめくさったような量のたいしたこともない味のケーキがひじょうな暴利をむさぼっていて呆れてしまう。が、それも旅のイベントと思えばまあ、ギリおもしろい。
夕食を祇園の「いづう」で。いかにも"祇園"といった店構えだがお値段も手頃。店内まったくの無音ですばらしい。飲食店からすべての無用なBGMを駆逐したい。
それにしても恐れ入るのは接客の丁重なこと。といっても無駄に格式張るのでなく、カジュアルで冗談など交えつつ、しかし見送りのときなど深々と頭を下げられていたりする。自分も広義の接客業といっていい部分もあり、勉強になった。人として扱われる、というのはどうしてかくも清々しいものなのか。

 

2日目は朝から嵯峨嵐山まで電車移動。京都駅の動線がだだっぴろく快適。
数年ぶりに会う、アメリカ人の友人(流暢な関西弁話者)と共に竹林や寺などを車で案内してもらう。彼のパートナーと娘さんも途中から合流。
自分のパフォーマンスのあと、僕もジャグリングをやってるんですと声をかけられたのが初対面。大学にジャグリングサークルもあるし、また海外の方はしばしば大学の研究員だったりするので、そうなのか訪ねたら、ふたりとも「無職です!」と明るく応えたのに、ああこの人達とは仲良くなれるなという勘の通り、長い付き合いが続いている。
娘さん(3歳)には初めて会った。ふたりの子供らしい、ごきげんで明るい子供でかわいらしかった。贈り物に小石をもらった。

今回の旅最大の収穫は庭園。
じつのところ、ジル・クレマン『動いている庭』を面白く読んだのをはじめ、なんとなくスペインのアパートなどにあるパティオに惹かれていたり、断片的ではあるが「庭園」という空間にひそかに関心があった。
彼の家にほどちかい竹林散策の途中、天龍寺へ横寄り。ここの庭園がとんでもなくおもしろい。最初は階段を登ってよくわからないまま進んで行ったのだが、開けたところの池に出て先程歩いてきたほうを眺めると、一気に意匠が了解された。
まず、植栽によって歩いてきた動線は完全に隠されている。このレイヤーが一番手前で、その奥にまたべつの山があり、そこからさらにもう一つ奥、嵐山を臨む形になる。池の端に立ってそちらを見上げると、こうした三層のレイヤードがあることが明瞭にわかる。当然このレイヤードは、自然の山を軸に、手前二層を構成しているものである。また、距離によって中景に霞がかかってその層の感覚を強めもする。
くわえて、池には出島のようなものがあり、この突き出しは山の方へと伸びている。こうした視線誘導が付与されているのは、現代の目による思い違いなのか、それともそうした作為は室町期にもあったのか、浅学にしてしらない。とはいえ、誤読であったとしても、そうしたダイナミズムが感じられる事自体は否定しきれない。
池の水は山の上の及川から引かれているらしい。この水流も庭に大きな動きを作っているが、それだけでなく、寺の本堂へ向かう渡り廊下と所々で交わったり、動線も多層化している。
こうした運動のレイヤードは、やがて植栽に舞う蝶の存在を介して、季節の花々へと思いを至らせた。つまり、「四季」と呼ばれる時間分節のフレームが、諸植物の変化にやはり複層的に内蔵されていること。この庭が、また別の時間フレーム(=春夏秋冬)によって、その姿を変えるだろうことが、イメージとして召喚される。今はここにないが、かつて、そしてこれからここ=庭で循環していくという、また別のスケールの運動を想像的に呼び足すのだ。

この庭園で完全に興奮してしまったので、予定外にガンガン寺巡りさせてもらう。見たのは愛宕寺・大覚寺龍安寺金閣寺龍安寺がやはり別格で、あまりにも有名な石庭は、その石の島のユニット群を一望できる視座が与えられず、常に視野の外にいくつかのユニットが漏れてしまう。またそれぞれのユニットの外周を刷毛で掃いたように同心円状に砂利が仮の囲いを作っているから、ひとつひとつの島がミクロコスモスを成すように感じられもして、個々に凝縮的にフォーカスが向きやすくもなっている。
まったく無知なのではじめて知ったが、来る客来る客「15個の石を全部見られる視点がないんだって!」と話している。へー。だがそれは、身体を使ってみれば、だいたいそういうことになっているというのは、感じられるようになっているはずだ。皆が皆ではないにせよ、そうした雑学的な前提の確認に時間を費やしているのを見ると、ひじょうにもったいない気がしてしまう。もちろん、一般的な読解や歴史的なコンテクストをほぼ無視している自分も、もったいない見方の一つではあるのだが。

 

最終日はふたたび街歩き。『たまこまーけっと』のロケ地でもある出町柳商店街をぷらぷら。以前も見たことあるのだが、たまこともち蔵の家が向かい合う通り(実際にそうした家はない)は、ちょっと感動的。ここで紙コップを投げあったわけだ...
目当てのうどん屋もふたばの大福もとてつもない行列で早々に訪店を放棄。アーケード端にあるいい感じの店でいい感じのご飯を食べる。店の前にたまことデラがいた。

そのまま祇園四条のほうへ再び移動。以前訪れたときもテーマパーク然とした陳腐さに辟易したが、花見小路は相変わらずどころか輪をかけて観光地化されている。ウブロとかラデュレとかが平然とある。また政権与党のポスターがそこここに張り出されており、まあそりゃそうだろと言う感じではあるのだが、共産党の強い土地だけに意外さもありつつ、花柳界がその"文化"をいかにして保ってきたかが察される。
とはいえ、政治権力と親しいならまだマシで、先斗町なんかはガワだけそれっぽくてほとんどフードビジネスやツーリズムという名の資本主義に蹂躙され尽くしているようですらあって、悲惨であった。
そんななか、たまたま入り込んだ宮川町はそれらと違ってシンとした空気が漂って、どこか閉域をなしている空気が強くあった。店前に掲示されている案内の類も実に楚々としていて、あるべき姿を保っているかに思える。この旅はじめての舞妓さんが通りすがり、常連らしい客と、おそらく非番の芸者さんが連れ立って歩き、準備中の店に入っては挨拶して回ったりしている。おきばりやす、という。
そして、この空気感は各所の風俗街、とりわけ飛田や吉原などにひじょうに近いものと思ったのだが、あとで調べるとまさしくそのとおり、遊郭街だったことが分かる。自分の勘も捨てたものでない。若衆歌舞伎が盛んな地域で、陰間もあったらしいが、驚くのは、けっこう最近まで近くには立ちんぼの男娼がいたらしい。自分が知らないだけで新宿などにもいるのだろうか。

締めくくりは東華菜館。ヴォーリズ建築のいかにも洋館といった佇まいに、日本最古の手動エレベーターが稼働している。4階に促される。
東京にもどこにあるのだろうかというゆったりした天井の高い空間で、鴨川のむこうにある南座を窓越しに眺めつつ、まずまずの味の料理を食べた。

 

こうした京都旅行の帰り道、建築家の友人といろいろとLINEをした。京都の寺や街の話をするうち、商業主義に簒奪された空間への批判や、建築をめぐる視座や公共空間のありかたなどなど、話題が広がって既にして旅の効用があった。翌日、よし本棚に眠らせている建築・庭園関係の本を読み直すぞと引っ張り出して、まずは中谷礼仁『近代建築史講義』を再読し始め、これは面白いと勢いづいたところで、宇佐美さんの「アンビバレント」を見てそれ以外すべての関心が水泡に帰した。

 

パフォーマンスを終えて

その1回のために制作されるものという意味ではおそらく5年ぶりのソロパフォーマンスを終えた。率直な吐露として、今回はずいぶん苦労した。
本番を含めた出来不出来に関してはとうぜん、細々思うところはある。加えてそういえばと思い出したのはいくら本番が過ぎてもこれといった解放感などはなく、むしろ課題めいたものが片付けきれずに部屋の隅に積まれてる感覚が残ることだ。

ただ、面白かったのは、会場にいた知己のジャグラーからふしぎな感想をもらったことだ。具体的になんと言われたかは伏せる。それは私達の間でだけ意味を成す言葉のやり取りであるし、感想を発した本人にしてもそれがいったい何なのか、なぜそう感じたのか判然としていないから、ということもある。

この感想は、少なくとも自分の意識でしている範囲を超えていることについてだった。さらに言えば「作品」(自分のパフォーマンスは「作品」とあまり思ってないけども)が機能させるものでもないはずだった。
それでもそう感じられ、感想として共有されるとき、けっしてはっきりと意味が分節されているわけでない言葉が選ばれているのは、おそらく個人的な文脈もふくんだ密かな触発がなされたと思える。そうしたとき、パフォーマンスとしての役割は充分に果たせたと安心しもする。

演者と観客は、しばしば、あるいはほとんど常にどこかですれ違う。
意図の水準ではもちろん、こちらの無意識ですらなさそうな「何か」としか呼びようのない触発が、観客の内で勝手に生じる。それは良し悪しでなく、ただ生じてしまう。
この「生じ」に対して、パフォーマーはほとんど責任がないとも言えるが、それが起きたことを知り、分け合ったとき、こちらはずっと冷静でも、その「生じ」がわたしにも浸透してくる感じがある。言葉を媒介にしつつも、言葉未然の感覚の輪郭を互いに探るような時間が、ほんの短い間にもあり、実際こうして忘れがたい印象を与えもする。既にして、その「生じ」は観客だけのものではなく、お互いの謎としてそれぞれが引き受け直すことになりもする。
私は、言われたことを、ぼんやり頭に浮かべてみる。心当たりのない言葉をもてあそぶように、私の内に引き受ける。私はいくぶん私の観客になる、とさえ言える。


 

こちらの意図・意識している質を分け合うことができる喜びもある。それが具体的に何なのかは、これも伏せておくにしても、ストレートに伝わる感触は特別なものがある。

自分のパフォーマンスから、狭義のジャグリングの技巧の巧拙を読み取るだけでなく、微量ずつ存在する諸要素を、また各々の感度の高さに準じてキャッチしてもらえることがある。たとえばダンサーからダンス的なものを、ミュージシャンから音楽的なものを引き出してもらえると、単純な技巧への驚きを越えた私固有の質感が届いたのだなと了解できる。

今回はそうした固有性に関する感想を知人からもらうこともできた。くわえて、それは最大限私に好意的な観客の一部が時おり伝えてくれる類の感想であり、私が言われて最もうれしく感じるものでもある。
どうもはっきりせず、匂わせるような物言いになってしまうが、あまりそれを前提というか経験の指針にしかねないのもおかしいので、ぼかしておく。

 

パフォーマンスを制作・実演することは、単純に仕事であり、同時に喜びのひとつでもあり、それはある程度まで自己完結しているが、こちらの投げかけを誰かが捉えて、また投げ返してもらえることで、そうした完結性がにわかにゆらぐ。自己判断がくずれて、まあそれほど悪くないじゃないかと許せるような気分になる。

ことほど左様に、パフォーマンスの経験とは、パフォーマンスを媒介にした相互行為でもありうる。パフォーマンスの根拠はパフォーマーである私だが、その出来事は私だけのものではなくなる。あるいは「私」という領域が更新される。
「私」は身体や意識だけでなく「私」を見て、聞いて、感じる他者によっても作られている。舞台と客席で「私」たちは互いを見て、聞いて、感じ合っている。

この互いの"作られ"を豊かにすることがパフォーマンスの務めであり、喜びであるだろう。
そのことを、久しぶりに確認したのだった。

ストリップ劇場、愛の対象について

つい先日、武藤大祐さんとだらだら(210分間)ツイキャスでストリップの話をする配信をした。だれが見るのかと思いつつ、ある程度発言に責任を持つためにも公開していたら、アーカイブをご覧になった方からご感想のツイートをいただいたりした。いただいたりした、というか勝手に見つけのだが。

配信の後半では、武藤さんと自分の共通項である「どくんご」の話題が出てきていた。そして、ご感想のツイートでもどくんごとストリップの、劇場や旅にかんする共通性を挙げてくださっていた。
劇場という非日常空間が、そこに出演する者たちにとってはいたって日常的な生活の場であり、またその日常性が観客の非日常性に染み出しているかのようにも感じられる、という点で、寄席にも増してストリップ劇場はどくんごのテントにずっと近しい。
私がストリップを見るようになって3ヶ月、異様なほど急速にこの文化に入り込んでしまっているのは、ウェルギリウスめいた踊り子さんたちの手引が何よりの力とはいえ、そうした非日常と日常が見分けがたく絡み合った、ストリップ劇場という場の魅力によるものだろう。どくんごのテントもまた魅力的だが、ストリップ劇場にはどくんごのテントに希薄な、性の香りがある。

 
個人的な話題に踏み込むなら、自分は遠征先で夜の繁華街を散策する癖がある。大阪や名古屋の粘り強い客引きを鮮明に覚えているし、大宮や川崎に泊まればひっそりしたソープ街まで歩いてみる。近所でも、あまり用もないので機会は少ないが、わざわざ吉原を横切って目的地に向かうこともある。とくに個々の店に立ち寄るわけでもないが、なんとなくそうした地域を歩かずにはいられない。冷やかしといえば冷やかしで、褒められた動きはでないから、あまり書くべきではないのだが。
個人史として、仙台は国分町に限りなく近いところに育ち、家の周りに水商売の男女の姿を見ながら過ごしていた記憶も、こうした癖に響いているのかもしれない。いずれにせよ自分は性的な香りのする場所にシンパシーを感じている。そして、そのシンパシーの意味を自分はとても高く位置づけているが、ここでこれ以上書くつもりはないような事柄による理由も、もちろんある。

しかしながら、そうしたシンパシーには、いわゆる一方的な幻想が根強く張り付いてもいる。歓楽街に漂う特異な空気にどこか居心地のいい思いをすることには、そこにあるはずの個々の現実の程度の見積もりがない。ただイメージがあるだけだ。

    

 

どくんごは、自分たちの活動をしばしば「旅」と呼んできた。これは打ち上げの中でのおぼろな会話の記憶でしかないが、演出家のどいのさんは、自分たちはいかにして旅を実践するかであって、作品を作るかではない、というようなことを話していた気がする(そんなことは言っていない、と言われるかもしれない)。
いずれにせよ「上演」がなされるその100分に活動が収斂されていくのではなく、より広く、生活と移動のすべてに、どくんごの活動は賭けられていた。これは確信を持って思い出せるのだが、バラシの後のあまりにも見事な積み込みをみんなで眺めながら、どいのさんが、うちらが一番上手いのは積み込みだからと珍しく自慢気に話していた。

私がどくんごに対して純然たる客だったことは最初の1日だけで、翌日からは打ち上げでジャグリングをしたり、翌年は前夜祭や幕間の舞台に出たり、更に翌年からは受け入れとして制作の手伝いも行っていた。
だから、打ち上げの場で純然たる観客の人たちが、年に一度の祭りのようなものとしてどくんごに接しているのを、やや距離を持ってみていたこともある。私にとっても既にどくんごはいくらか日常的で、過ぎ去ってしまう感傷や、どくんご自体が自称しつつも「旅」というイメージからファンタジーのようなものが消費されていることに対する微妙な反感が入り混じってもいた。どうして芸人はしばしばひとの感傷を引き受けなければならないのか。むしろどくんごはそんな感傷からこそ遠い場ではないか、と考えていた。

 
自分は義務教育から早々にドロップアウトして高等教育も大学教育も受けずにここまできて、いわば「プロ」としての生活を20年近く続けたことになる。こういうと大層だけど、10代の頃なんて何ができるわけでも何をするわけでもなく、今もかわらずダラダラとやっているだけで、漠然と短くはない時間が過ぎただけだった。
時々こうした来歴を人に話すと、驚きとともに反応は2つに分かれる。ひとつはよく親が許しましたね、とか、言葉にしないまでも、そんなやつが実際にいるのかという、規範から逸脱していることへの驚き。もうひとつは、学校なんか行く必要ないよ!とか、夢のために生きていてすごい!という賛意。
どちらの反応にも慣れているので、どちらでもべつにどうでもいいといえばどうでもいいのだけど、どちらかといえば後者のほうが引っかかる、というか、認識に乖離はある。そこには、そう発言している人の何かが投影されていて、私の現実が見られていない、という感覚がある。私がこの職業をしているのは夢だったからでもないし、学校は嫌になることがあるから行かなかっただけで、あらためて他人にその意味を肯定してもらう必要もない。ただ、そう言われたからといって、今さらべつに腹が立つわけではない。

 

他方で、自分がストリップに向ける視線はどうだろう。
たぶん私は、思ってもみないほどにこの文化や場所を深く愛してしまっているし、そのとき、私が誰かに向けられるような幻想を投影していないとは、当然言い切れない。というか、しているだろう。ましてここが、自分がこだわってもいる「性」の場である限り、必定であると思う。

また、ストリップ劇場では、見る/見られるの関係が十全に機能し、日々そこへ見ることを愛する観客が集まり、その観客たちの高い集中力が舞台上に注がれる。舞台ではそれに淡々と、かつおそらく充実を感じながら応える仕事をこなす踊り子たちがいる。
私は自分の仕事をしながら、それをこそ求めていたことに、ここで気づかざるを得ない。私の仕事において、多くの場合観客の視線の存在は前提でなく、結果としてしか存在しない。職業的には当然のこの事柄について、いっこうにフィットしないところが強くあり続けたと思う。ストリップ劇場という場では、私の日々にあった欠落へと嵌るピースが揃い、一枚の絵が完成している。
日々更新される演目は、それを見てくれる観客 - 視線があることを知っているから可能なのであり、くわえて観客もまた、踊り子たちの肌に視線を向けてふざけあっているようで、踊り子が表現している/しようとしている固有の質を確かに受け取ってもいる。やたらな言葉にせずとも、"それ"がたしかに何度も起きていることを、わずか3ヶ月の間に何度も見ている気がする。

       

 

劇場に行くたび、深く幸せや感動を感じる。道玄坂を下りながら、気づけば無意識に鼻唄など歌っているとき、こんな自分がいたのかと驚かされたりする。そのことを友人たちに話せば、呆れつつも祝福があったりする。そんな出会いがなされることは、誰にもあることではないからと。
私をこんなふうにさせてくれるストリップ劇場という場には非日常な魔法があるが、退屈な日常もあるはずだ。いいこともあれば悪いこともある、単なる日々の繰り返し。これが混ざり合ってるのが劇場だった。ただ私にとっては、その混ざり合いから非日常的な側面を、あるいは日常すらひとつの幻想として汲み取っている部分がある。
この「私」というものがこの文化や場に入り込むとき、あまりにも多くの歴史や感情、立場までもが絡まり合っている。その絡まり合いをほぐすことなく一足飛びに「愛の対象」と呼んでいるストリップ劇場、ストリップ文化への幻想から「私」はどの程度逃れきることができるのだろうか。愛の対象からイメージという重責を取り払うこと、とバルトがどこかで書いていた気がする。

 

こう書いてきて、最後になにか決意があるわけでも何でもない。通えば、変わらず劇場にときめくような思いがあり、好きな踊りを見たなら幸福に打たれるに決っている。そうした経験に自分の幻想がフィルタのように張り付いていて、いっこうにふさわしい現実を見せてくれないままなのも変わらないだろう。しかしいつか、そうしたものも色褪せて、落ち着きをみせてくるに決まっている。


その時にあらためて出てくる言葉や足取りに期待がある。その言葉や足取りこそが、よりいっそう自分には本当らしいものになるだろう期待。それが、今はある。