萩尾のばら『プロローグ』

まずは自分の不明を恥じるところから話し始めなければなりません。

2021年の9頭、萩尾のばらさんを観たのはこの週がはじめてでした。その時ののばらさんの印象はといえば、ごくふつうの「新人さん」というものに過ぎません。この週で一緒になっているお姐さんを慕っているらしく、SNSを介してもその懐っこい様子は伝わってきて、しかしながらそれが余計に「新人さん」、すなわち業界にまだ馴染みきっていない、有体に言ってしまえば「プロ」ではないように見えていました。

翌週9中もそのお姐さんと一緒で、ここでものばらさんを観ています。前週とそれほど認識は変わらなかったものの、一回とてもいいと思えるステージがあり、その感想を伝えにはじめて写真を撮ったのでした。けれども、はじめての会話というのはお互いの背景が分からないものですから、そのステージがよかったという理由で写真を撮りに来ているというアクションの意味を、互いにすり合わせることは難しいのだと思います。これも有体に言ってしまえば、あまり意図が伝わらなかったかな、と感じてそのままに終わりました。

あえて話さなくてもよいような、いささかネガティブな話題から語り起こしたのは、そうした最初の印象が、ごく短期間でひっくり返されるという経験を、おそらくのばらさんではじめて経験したからに他なりません。

2022年1結。痛快な周年作の『JOY』でのばらさんへの視線は一気に変わりました。さらに半年後、7中で再見した『JOY』は振付もより魅力的になっただけでなく、パフォーマンスそのものも、かつてとまったく違う水準で演じられていることに驚きさえしました。

そして12結。『JOY』こそ見られなかったものの、7中で出していた『箱庭』そして2作目という初見の『誓い』ともに、心身ともに充実したとでも形容できそうな、本当に魅力的なステージに涙しました。はじめてのばらさんを見てからわずか1年と3ヶ月。不明を恥じる、というのは、このような資質をもった人に対して、まったくまともに目を向けられていなかったということです。もちろん、のばらさん自身が変わった側面も多分にあるとは思いますが、そうした変化の兆しについて他人が(もしかすると本人も含めて)先取りして分かるようなことはほとんどなく、ただ丹念に見ていくことでようやく何かが分かりかけるものだと改めて感じさせられたのがのばらさんだ、という話でもあります。

 

 

 

ここからは、最新作の演目や、関連するその他の踊り子さんの演目について具体的に踏み込んだ話をしていきます。お嫌な方はご注意いただければ。

 

 

 

 

 

 

2023年1結。2周年週の新作は『プロローグ』と題されていることがのばらさんのツイートで発表されました。おそらくは自己言及的な演目になるだろうと──「周年作」がしばしばそうした性格を持つことからも想像できる──、そしてそこにはのばらさんが踊り子というものを、また踊り子としての「私」をどう捉えているのかが示される機会になると思っていました。

では、実際はどうだったか。


冒頭、上手に座り込んだツナギ姿ののばらさんがスケッチ用紙のような紙束を持ちつつ、ペンで何かを描いているところから演目はスタートします。やがて不満そうな顔になったのばらさんが紙片を放り投げ、それが宙に舞ったかと思えば、のばらさん自身も踊りだします。こうしたオープニングは、2022年11結に演された黒井ひとみさんの10周年作『10年目』を想起させます。黒井さんものばらさんが慕う踊り子さんの1人であり、また黒井さんの周年週で共演した機会におそらくはこの演目を見ているだろうことも想像できると、両演目の繋がりの連想はそれほど恣意的とも思えません。ですが、それはもちろんこの演目を模倣したという話ではありません。

 

続く衣装替え、のばらさんはパンツスーツ姿で、いささか疲弊しているような面持ちでステージに現れます。おそらくは、絵を描くという「夢」を諦めて「現実」を受け入れてなにか社会人におさまったと見て取っていいでしょう。こうした姿からは、ふと中条彩乃さんの3周年作『ターニングポイント』を思い出しました。のばらさんがこの演目を見たかどうかはわかりませんが、同様な個人史への自己言及的な演目において、「社会人」であるところから現在の「踊り子」へと転身を遂げるというストーリーを辿るだろうことが想像できます。


およそ個人史的な自己言及を含む演目は、現在の自分をどのように肯定するかについてのドラマを作らざるを得ません。むろん、悩みを抱えたままそれでもなお、ということはあるにせよ、それであれ苦味を交えた肯定のはずです。直接的に踊り子像を提示するわけではありませんが、引退された美月春さんの5周年作『漫画家』も、あるいは葵マコさんの14周年作『うたうたい』も、こうした煩悶とその先にある創作することの肯定を描いた演目だったと記憶しています。

キャリアや立場によってニュアンスは変われど、表現の行き着く先が自己肯定になることは間違いないのです。問題は、どうやってそれを表現するのか、です。

 

『プロローグ』においても、自ずから「萩尾のばらはどのようにして自己肯定(を表現)するのか」に演目のドラマの力点はかかっています。

 

改めて確認すると、『プロローグ』はツナギ→パンツスーツという、周年作らしからぬじつに簡素な出で立ちで演じられています。美月さんの『漫画家』はリアリズム志向で、演目中はスウェット姿でこれといった衣装替えはなかったはずと記憶していますが、のばらさんの『プロローグ』は、自らの置かれた状況の移行を示すための衣装替えを一度は含んでいます。すなわち、ここには「踊り子」というものを華やいだ衣装を着ることで表す──それ自体が自己肯定としての内面の表象であるような──という道筋があり得るわけです。実際、『ターニングポイント』はそうした華やいだ衣装で「中条彩乃」が現れることの多幸感があり、『10年目』でもまた、衣装の華やぎ(「あえて」の批評性はあるにせよ)は「踊り子」を表象する肯定的なイメージとして通過した先に、「黒井ひとみ」であることの矜持を見せています。

しかしながらのばらさんは『プロローグ』は、パンツスーツを脱いだあとに残る白いワイシャツを羽織っただけの格好で立ち上がりを迎えます。踊り子らしい衣装という記号を通過することなく一挙に、この身体こそが踊り子である私を表現し肯定するものだとして示されるのです。一見してそれは、「夢」を追いかけられず受け入れた「社会」から再び「夢」の世界に戻ったと取れなくもありません。しかし、それだけではないように思います。

 

各々が持っている「身体」というものは、私(という意識)・肉体・衣服がそれぞれがもつれあってひとつのように重なっています。物理的な要素だけではなく、体へのイメージ、そしてまた私たちが着ている衣服も、イメージを介した広義の「身体」のひとつだと言えるでしょう。

ただ「身体」の内実は決してまとまっているわけではなくバラバラです。私という自意識が過不足なく働くこと、満足がいくまで肉体を整えること、気に入った服を着ること。これらのバランスをとりながら人は生きています。逆に言えば、それらはずっと満足な状態であることは叶わず、ときおり不満であったり、不調であったり、程度が過ぎれば病を迎えることすらある、さまざまな要素が干渉しあって生じる波の揺らぎのようなものです。

ひとつとして同じものがない、各々が持つ「身体」。しかしながらその「身体」を充分に見つめ肯定することは、誰にとっても容易ではありません。そもそも、「身体」がことさらに肯定/否定される認識の外にあるようなことだってままあるでしょう。けれども、ストリップというものは(見ることはもちろん、演じることにおいても)否が応でもその「身体」というものを意識せざるを得ない表現です。
のばらさんの『プロローグ』も「夢」と「現実」の対立から「夢」の実現を勝ち取るストーリーというだけでなく、なんてことはない白いワイシャツ越しに見せる「身体」、波のような揺らぎを引き受けるこの「身体」を現すことにこそ強く焦点を当てています。踊り子とは無葛藤な薔薇色の「夢」の世界ではなく、各々が持つ「身体」の揺らぎを、この私の「身体」を介して観客と見つめ直すことへ開く職業なのだと、そののばらさん自身の「身体」が、語らずして示しているように見えます。ベッドでは、不満げであったり、疲れ切っていたりするわかりやすい顔つきはすでになく、ただ「身体」の現れに従って探るように、あるいは心ゆくままに踊っている、いわば生きることそのものの成り行きにまかせてその都度に移ろう曰く言いがたい顔つきだけがあります。

ここでいくらか抽象的に展開している話は、もちろん明示的に演目の中で示されるわけではありませんし、示しようもありません。ただ、簡素な衣装から現れる身体の力──強度、説得力、何といっても結局は掴みどころのない──からは、あらかじめ手軽な言葉に置き換えられるような結論を持っているわけではないという、いわば表現という賭けに足を踏み出している感触が、確かに伝わってきます。

ストリップは、各々が持つ「身体」を表現の素材としながらも、それがすぐに表現として成立するようなものではないと観客ながらに強く感じます。物理的な肉体のコンディショニングは言うに及びませんが──いささか神秘化してしまうことが許されるなら──そこには踊り子による「身体」への"信"がなければ、表現としてまったく成立しないものだとも思います。
また同時に、ストリップという表現が築き上げてきた"信"の歴史に、自分もまた連なっていくこと。先行する演目の記憶との近似のみならず、さらには無数の踊り子たちが磨いてきた「ポーズ」の世界へと自分を繰り込ませること。もし『プロローグ』でのばらさんが切る、喩えようもなくすばらしいエルに打たれるならば、ここまでの繰り言は理解しようとするまでもなく、自ずから各々の「身体」によって、深く感じられることでしょう。

 

蛇足ながら、演目に即して字義通りに読むなら『プロローグ』は踊り子に至る前史を意味していると理解できます。他方で、萩尾のばらという踊り子は「これから」であると力強く宣言する演目だとも言えるでしょう。そして、そのようにあればいいと、のばらさんの末永く実りある舞台生活を願いつつ、受け取っています。

 

どくんごについてこんな話をしていた

Facebookを使わなくなって久しいが、ノートという機能を使って雑文をいくつか書いていた当時、どいのさんをはじめとする団員たちが以下の投稿に反応してくれたのを思い出した。いつの間にかノート機能もなくなっていたので、私的なアーカイヴの意味も込めてここに再掲しておく。
ちなみに
冒頭で自分が「アイドル」と呼んでいるものはたぶんLDHか何かで、そしてこのあとに「アイドル」の世界にがっつり入り込むので、認識が古い部分もある。
あと、どいのさんが言ったという「悪しき新しきもの」は、どいのさん自身のリプライをそのまま貼るなら

古き良きものとではなく,悪しき新しきものと結びつけ(ブレヒト

だそうだ。

 

2014年11月27日 21:51

バッドセンスについてのメモ(途中からどくんごの話)

歌番組を見てると、アイドルたちの衣装のバッドセンスぶりが凄まじいので、どういう合理性があってそれが選択されてるのか考えてみても、全然わからず、結局、バッドセンス自体が目的化しているのだなあ、と。

斎藤環のヤンキー論ではないけど、バッドセンス自体がある種、(反知性主義的と言ってもいい)連帯の符牒として機能しているのでは、という見立てはそう遠くないはず。自分たちのような狭義のパフォーマーにだって当てはまるだろう。

問題は、この符牒への抵抗として、高踏的な趣味性を貫くことが、本当に「抵抗」足りうるか、ということだけれど、おそらくそれは個人の趣味的な領域、つまり細分化されたオタク的な文脈に回収されて、無毒化してしまうだろう。というか、ヤンキー的な保守性、「古きよきもの」への憧憬にすら容易に接続されるのではないか。ヤンキーとオタクの相性の良さも斎藤が指摘するところである。

「悪しき新しいもの」と、どいのさんが打ち上げで誰かに言っているのを耳にして、やっぱりなあ、と勝手に合点がいってたのを思い出す。「悪しき新しいもの」とは、バッドセンスのことのようだが、明確に区別されるべきだろう。

どくんごにおいては、バッドセンス(キッチュな、と形容されることからも、ベタなバッドセンスではなく、パフュームなどへの接近を含め「批評的バッドセンス」ではないか、とは思う)なものとハイセンス(劇伴のマイケル・ナイマンだったりエレニ・カラインドルーだったりは、そうしたものの代表だろう)なものの扱いに、注意しなければならない。

バッドセンスとハイセンスの「聖と俗」的な対立項の統一という図式などでは絶対になく、それらが平然と同一平面に両立してしまったこの世界を受け入れることが、どくんごの演劇空間であり、「悪しき新しいもの」の実践ではないか、と、別にどくんごのことを考えていたわけではないのに、思わされた。

筆が滑ったついでに思いつきを進めると、それらがバッドセンスであれハイセンスであれ、それらのセンスの名のもとに集められる諸々は「宛先」が想起できる。逆に言えば、予め「宛先」が想起されうるようなものは趣味性の囲いを免れない。ところで、どくんごはバッドセンスでもハイセンスでもない。「悪しき新しいもの」という価値化未然のガラクタがありのままに積み上げられる。つまり、どくんごの芝居には明確な「宛先」を指定できない。作品内で登場人物たちがずれ込むコミュニケーションに終始するのは、どくんごという世界においては必然的な結果である。「宛先」不明の、メッセージが誰かに届けられようとするとき、誰もが受取人足り得ない。それは常に受取人不明であるため、差し戻されたメッセージもまた誤配となってしまうが、しかし、誤配とは、「届かない」ことであると同時に「届いてしまう」ことでもある。誤配は誤配のままあらぬ方へあらぬ方へとリレーされる...

自分自身の問題としては、どうも趣味的な「抵抗」の身振りに偏っているきらいがあるな、と思う昨今。今年たまたま「高踏的な」という形容を受けたことがあったけど、おそらく故ない言葉ではないだろうなあ。と愚痴めいたところで擱筆

これは追悼ではない

 

仙台、石巻、郡山、越谷、吉祥寺、横浜、大阪。記憶に不足がなければ七つの街で夜を明かした。それは、芝居がかかっていたテントの下を間借りして眠ったということだ。テントでは単なる木の板の上に置かれたウレタンのパネルが座布団で、眠るものにとってはマットレスとなる。掛ける毛布の類は多めに用意されてるそれを借りた。そんなところでたいして眠れるわけもない。目が覚めたというか眠れなかったというかの早朝、濃い霧に隠れた街を散歩したことがあった。
どくんごは、テント芝居をする劇団として鹿児島を拠点に春から秋にかけて日本を一周する形で各所で公演を行なっていた。建て込みからバラシまで、現地の受け入れの有志数人を除いては、自分たちだけでこなした。荷物を2台のトラックに積み込む手続きは鮮やかで、一部の隙なく何から何まで収まってしまう。作品は2流だが、積み込みは1流なんだよと、特に自虐でもなさそうに話したのが、主宰のどいのさんこと伊能夏生だった。2年の闘病を経て、昨日11月23日の朝、鬼籍に入ったと報せがあった。

私がはじめてどくんごに接したのは2012年。ツアータイトルは『太陽がいっぱい』。それまでの「犬」シリーズを終えて、新しいシリーズへと移行し始めたタイミングだったはずだ。確かこの年から背景幕を引幕にして、場面ごとに入れ替える演出をとっていた。幕には手描きの絵が描かれていて、大抵は演目と直接関係なさそうなものだった。それら背景幕がなくなり、大黒代わりの紗幕を引き払うと、借景として公演地の光景が途端に目の前に広がる。客の視線はその広がりの奥行きをこそ捉えるから、外使いも自ずと奥行きを優先したものになる。すなわち、舞台から外の奥の方へと歩み去っていくこと、あるいは、奥の方からこちらへと歩み寄ってくること。この場面の格好よさは、選曲も相まってとにかく抜群だった。
団員全員が外をランダムに歩いたり舞ったり何かしていたりする混沌としている状況の表現も毎回あった。この場合、照明によってエリアコントロールが発生して、それほど遠くまで視界が伸びることはなかった。単に広い舞台という感じで、それはそれで美しいと思いつつもあまり感心した記憶はない。
どくんごは別に完璧な劇団ではなかった。旅を始める春までの間に鹿児島で合宿をして、団員それぞれがそれぞれにやりたい演目を練って、場面転換や衣装替えなどの外在的な都合との調整も含めて条件をクリアしたものが本編に出される。このクオリティが旅の始めから100%であったことはなかった、のだと思う。少なくとも往路後半の仙台でそれが整いゆくこと、また仙台の口の辛い受け入れたちからのダメ出しを経て、ようやく本州を離れた北海道で一息つくと、どいのさんが話したことがあった。実際、仙台より手前の公演地越谷で見たとき、何をしたいんだかさっぱり分からんというシーンが複数あった。だがそれは、日々の調整で驚くほど見違えた出来栄えに変化する。こうした変化に客や受け入れの感想がどれほど作用したのかは知るべくもないが、それらの話は毎朝団員全員が集まった反省会によって全体に共有されているとも聞いた。
どくんごは、とにかく「話を聞く」劇団だった。かなり辛辣に批判しても、団員の誰かに嫌な顔をされたことは一度もない。これは団員の資質もあったろうけど、幾分はどいのさんの立てた方針でもあった気がしている。全国を旅して芝居をするにあたって、各地の受け入れの協力を得ることになり、自ずと受け入れの人間とコミュニケーションを取る機会が増え、芝居もそれに応じたものになってはきた、と、どいのさんが話したことがあった。
芝居に注力していたとはいえ、それは地道な生活と違いがなかった。毎夜の舞台はハレの日などと言うほどのこともなく、淡々たる日常と地続きで、ただ、その日常の輪郭がブレて異界を現出させるようで、どこか妖怪的であった。自分は旅がしたいんだよねと、どいのさんが話したことがあった。真面目にサラリーマンしたところで、カリフォルニアに家買って、そこのポーチでのんびり過ごせるような人生が手に入るわけじゃないでしょ、旅ならこうして芝居をしながらできる。だから旅をしている、というようなことを言った。特段「旅」に関心があるわけではない自分はその話に共感するわけではなかったけれど、芝居を日常から乖離した特権的な芸術として扱っているわけではないことは分かった。
震災のあと、「この日くらいは楽しもう」というコピーで宣伝しようとした公演地で、「ええ!この日だけなんですか!」と答えたと、どいのさんが話したことがあった。それには本当に共感した。毎日が楽しければいいし、退屈であったり苦痛があるなら、それは変えるべきである。少なくとも、そのような精神の向きようを手に入れるべきである。どくんごの芝居はそうした「毎日」の塗り替えだと思っていた。どくんごが競ってラディカルであろうとするとか、後ろ向きに安手の幻想を守ろうとすることは、私が見ていた限り一度もなかった。日々の究極的な無意味さを基礎に、単にひとつの生活として旅や芝居をしていたように見えていた。
テントの中でどいのさんと話しているとき、ここには無名のまま死んでいっただろう数多の旅芸人の霊が通るように感じる、と話したことがあった。そうしたことを誰かに話してみようと思ったのは、どいのさんがはじめてだったはずだ。どいのさんは肯定するでも否定するでもなく、へえ!ほんとですか!おもしろいですねえ!とデカい目を開いて笑いながら聞いていた。ほんとですか!はどいのさんの口癖だったと思う。
そして私がそんな話をしたのは、どくんごの芝居に落ちる死の影を感じていたのと、もっとリテラルに、すでに癌の発病を経験しているどいのさんの生が、いついかなるタイミングで閉じられるか分からないと、他の誰かより具体的に感じられたからだ、と思っている。会いたいと思う人にはその時に会っておくべきだ、ということをリアリティを持って感じたのはどいのさんが最初だったし、以降、そうした行動原理を第一に置き続けている。

そのどいのさんが、いよいよ亡くなってしまった。最後に話したのは2019年6月9日。大阪。芝居が全然ダメなんじゃないかといういつも通りの話を手短にしたくらいで、確かその日どいのさんは早々に寝てしまったのではなかったか。いや、自分が珍しく宿をとっていたから、そこに帰るために早くテントを離れたのだった。以降、これといった接点はなかった。2022年10月に鹿児島で芝居をやるという告知があったが、どいのさんが腸閉塞を併発したことによる結果、公演は叶わないまま終わった。もしこれが予定通り行われていたら、どくんごが旅を休んでいるうちに知り合った、どいのさんに会わせたい人が何人もいたから、連れて行きたかった。あのテントで話をしたい人たちが、何人もいる。無念の思いが強い、と公演中止を知らせるどいのさん自身の文に書いてある。私たちもその無念を引き取って生きるしかない。
遺体がまだこの世にあるうちに気が早いが、どいのさんもまた、無名の旅芸人の霊のひとつとして、宙に魂の一部を漂わせるだろう、と思っている。訊いたことはないが、歴史に名前を残すことに頓着する類の人間ではないと踏んでいる。幽霊にでもなるほうがよほど信じるに値するはずだ。
だからこれはどいのさんという人間への追悼ではなく、彼の霊を、この文をここまで読んできた/書いてきた、あなた/私へいくばくか取り憑かせることに向けられている。彼の磊落な声、見開いた目の大きさ、照明卓や照明をコントロールする手や指、欠けた歯で噛むパイプからのぼる煙のゆらめき、昼間に弾いていたバンジョーの遠くまで通る音。これらの記憶とその記述を依代にして、彼の霊が、日々を憂いて何かを変えたいと望むすべての人間の一部に混ざり、あなた/私の身体のなかで生きて、また死んでいくことになるだろう。

石原さゆみ『キッチン』 または祈りとしてのストリップ

※本記事は演目への詳細な言及を含みます

 

さゆみさんには–––と、つい親しげに呼びかけてしまうが–––きまじめな分析や批評の網目をひょうひょうとすり抜けていくような、とらえどころのなさがある。
さゆみさんこと踊り子の石原さゆみは、笑顔なのにふてぶてしくあったり、シリアスなのにユーモアが滲んでいたり、何気なくうつむけば艷やかに色気が香ったりする、無二の顔つきを持つ。パフォーマンスでも踊りが際立って巧みだとかそういうわけでもないのに、ここぞという瞬間は逃さずキメてしまう。かと思えば、やっぱりみすみす逃しているようなこともある。
さゆみさんに言葉は不似合いだが、何考えてるんだかさっぱりわからんという引っ掛かりが、ああだこうだと言ってみせたくなる。だが結局はあえなく空回る言葉たちがさゆみさんへ涼やかな風を送っていくにすぎないだろう。

それでも、2021年5頭に渋谷道頓堀劇場にて初出しされたさゆみさんの演目『キッチン』は、ある価値体系に則って上下を決定づける不束かさが似合わないストリップという文化において、こう言ってしまうことにためらいはあるが、やはり「傑作」と呼ぶにふさわしい。同時に、「傑作」と呼んでしまうことで、この演目がまとう慎ましさを損なうのではないかという恐れもある。
ともあれ『キッチン』は2022年5頭に再演、そして同年6頭にはデビュー1年に満たない後輩の天咲葵に貸し出され、なんと本家の倍以上の回数が演じられた*1

さゆみさんに言葉を向けることが無意味に思われる一方で、『キッチン』という演目は言葉を尽くすべき演目であるとも思う。
6頭の天咲さんのバージョンを記憶の補助線としつつも、5月2,5日の2回観ることができたわたしの『キッチン』の経験をもとに、印象も含めて詳細を残しておきたい。


***


ストリップに不慣れな読者を想定して、簡単に確認しておこう。ストリップは形式性の強い芸能である。
本舞台での立ち踊りから、盆/でべそでのベッドショー≒臥位や座位でのポージング*2へと脱衣を伴いつつ移行する進行は、揺らぎを持ちつつも大枠としては共通している。差異化は衣装や選曲、そしてもちろん振付によってなされる。それぞれに意味性が強い場合もあれば、特に具体的なイメージを伴わない場合もある。

『キッチン』は、そうした意味ではひじょうに意味性の強い演目であり、演劇的といっていいほど舞台設定が明瞭にある。くわえて、この演目を特徴づけているのは本舞台奥に設えられた可動式の「キッチン」のセットである*3
「キッチン」は間口が1200mm程度のミニキッチンである。前面部には花柄がぽつんぽつんと数か所にあしらわれている。
上部には蛇口があり、左右には洗剤や酒瓶が並べられている。下部には戸付きの収納スペースがある。つまるところ"ごくふつうのキッチン"を想起すれば舞台上に置かれているセットとほとんど相違がない。また、自ずからそれが設えられている部屋のサイズが想起される。アパートもしくは団地のような広さ、だろう。この演目がときとして観客から「団地妻の演目」と称されていたことも、おそらくはこのキッチンのデザインにひとつの所以がある。
そしてまた、「キッチン」の上方に伸びる、四角窓を備えた壁がせり上がってもいる。この壁は演目に直接関わることがないが、キッチンが設えられている空間が、その想像上の空間の「行き止まり」であること、また話をすこし先取りするなら「行き詰まり」でもあることを、窓というわずかばかりの風通しは残しつつ表象している。

『キッチン』は夫婦生活を描く演目だと言える。
M1、"あいさつ"の掛け声とともに、時代がかった白頭巾に割烹着、下はもんぺ姿のさゆみさんが板付きの明転で現れる。爆音で流れだす楽曲は「母」がテーマのポップソングなのだが、男声歌唱であり、また異性装のキャラクターソングでもある。「母」ステレオタイプは時代とジェンダーとに微妙なズラしが与えられている。それは必ずしも戦略的なものではなく直感的な選択によるものとも思われるのだが、続くM2で衣装替えが行われてなお、女声歌唱による「夫」の語りである歌が選ばれるとき、ジェンダー交差によるズレはなお補強されることになる。こうした選曲の妙が、コミカルな前半部に効いている。

M2、髪を後ろでまとめ、白地に花柄のブラウスの裾をやはり白いエプロンを巻いたミントグリーンのスカートにしまいこみ、黄色いカーディガンを羽織った妻が部屋で掃除に洗濯、夫の送り出しを行う。
長箒を手にしたミュージカル調の振付が楽天的な空気を高めて、そのままの勢いで袖から取り出した洗濯カゴは大胆にひっくり返して衣類を床に放り出す。正座して、Tシャツ・ボクサーパンツ・白いワイシャツのそれぞれを雑に畳んで(この雑さがいかにもさゆみさん)いく。ワイシャツの襟首に顔を寄せれば落ちきらない臭いがあるのか、うすく顔をしかめたようにも見える。
衣類を畳み終わると、上手奥の椅子にかけられていたジャケットとネクタイ、黒い革の鞄を手にとって、かぶり=最前列の席に座る観客へと実際に着せ付けていく(といっても雑に)。踊り子の「夫」に見立てられるちょっとした観客サービスでもある。盆から本舞台へ帰っていくとき、手に残ったハンガーを指でくるくると倍テンで回しながらスキップして帰っていくのだが、ここのシーンのうきうきした様子がとてもいい。

演目はM3以降、転調を迎える。
夫を送り出した妻はキッチンに手をかけ、束の間佇む。アコースティックギターのリリカルな伴奏が、「普通の家庭」を歌う。
下の収納からウイスキーボトルとグラス、タバコと灰皿を取り出してそれらを手慣れた様子で嗜む。さゆみさんは客席にほとんど背を向けたまま、それらを嗜む顔がどのような顔つきなのか、ほとんど見せることがない。

このシークエンスでは、白いエプロンを一枚外すに過ぎないのだが、何かが露わになっている。
ストリップとはいわば「見えないものを見せる」芸能とも言える。そして裸になる、とは単に肌を露わにするだけでなく、心の内を明らかにする、という意味でも使われる。ただし、それは『キッチン』においては窃視でしかない。夫の不在のうちに酒と煙草を飲む姿を窃視することには、いかにも妻の内面を覗き見ているかのようだろう。ただし、覗き見る観客の大半が男性であることを自覚するとき、ここで見えているものは、我々にこそ見せていないものだと突き返すような強い巻き込みがある。
『キッチン』において真に脱がれ、露わになるものは"不可視そのもの"である。妻の心は夫の前では決して明らかになることがない。見ているようで、見えていない、そのこと自体が、今、見えている。
回転盆が静かにせり上がると、収納の扉を半開きにしたまま、さゆみさんがそこに向かって腰掛ける。具象的だったキッチンという場から離れ、抽象的などこでもない場所としての「盆」へと移行して部分的な脱衣が進む。自慰というにもあっさりした体の弄りがすむとそのまま眠りにつく。M4のイントロ。盆はゆっくり回り続けている。

『キッチン』のクライマックスにもまた、ポーズが切られる。
眠りから醒めて臥位から上体を起こし、サビが始まると四分円の円周をなぞるように、ゆっくりと脚が持ち上げられる。絶妙に押韻する歌詞に次いで「わたしたち」と歌われる。逃避を描くこの歌が連帯を告げる「わたしたち」に観客の男たちが含まれることはない。
夫婦生活の倦怠を伺わせるような喫煙や飲酒が妻の孤独を思わせ、そしてそれをことさらに訴えるようではなく、とうに何かを諦めてしまった孤独な人間の姿として観客に与えてきたさゆみさんは、描写の積み立ての先に、演じてきた役柄/役割を脱ぎ捨てるようにして、ストリップの形式性=盆/ポーズにその身体を委ねている。ここでは、特定の誰かではない、すべての妻たちへと捧げるような、儀礼としてのポーズがある。それはほとんど祈りと見分けがつかない。
祈りとは、言葉の尽き果て、もしくは言い尽くせない思いをその形式に預ける限りにおいて「私」の脱ぎ去りでもある。個性は求められず、論理的整合性のような証明も必要としない。それゆえに複雑な「私」を委ねられる。それだからこそ「わたしたち」は慰められるだろう。

たった4つ切られるに過ぎない静かなポーズは、ラストの4点ブリッジで、宙空に伸びた腕が「おわる」と歌われるその瞬間にくるりと手首を回転させてから閉じられる手によって、何かを確かに掴んだというよりは、やはり言いようのない諦めを認めて力なく締めくくられるようでもある。答えは特にないまま、夫の帰宅の気配に気づいた妻は慌てて身繕いを行い、酒や煙草を収納に押し込み、消臭スプレーをキッチンに吹き付ける。SEで鋭くドアチャイムが鳴る。しかし、収納の戸が半開きになっている。
夫を出迎えるため花道へ進み出るその瞬間、両手の人差し指で口角をぐっと押し上げてから、扉を開く。夫=かぶりの客からジャケットとかばんを回収して本舞台に戻り、また夫の方を振り返り笑顔を差し出しながら、後ろ足で半開きのドアを蹴り飛ばして閉じる。刹那に窃視できたかと思えた心のうちは、笑顔に引き裂かれてついに夫の前には明らかになりきらない。

最後、キッチンの前にまた立ったさゆみさんが、スカートをまくりあげて尻をみせながら、立てた人差し指を口元にあてる。この仕草は当然、劇空間内の「夫」に見せているわけではないだろう。ここで再びわれわれは、「見えないもの(=背後にあるもの)」それ自体を見せられていると解釈するしかない。
スカートをもとに整え、キッチンに置かれていた酒瓶とグラスをトレイに載せ、脚を一歩一歩クロスさせながら–––踊りながら–––盆前へと進み出て正座について酒瓶を夫の方へかたむけて、無言ながらも唇の動きから「おつかれさま」と発したらしいことが伺えたところで、照明が暗転して演目は終わる。

こうして演目を追っていくと、『キッチン』は妻の孤独を描いて夫の無理解を告発するような冷たい演目であるかのように思えてしまうこともあるだろう。
しかし、夫を送り出し、一人の時間を持ち、また夫を迎え入れる日々のサイクルは、たしかに孤独がありつつも「それなりに楽しくもある」瞬間も含んだものとして描かれてもいる。M2の楽観的なトーンは、必ずしも表面的な嘘とばかりは言えないだろう。日々の営みは強く否定もされていなければ、肯定もされていない。
どっちつかずの日々は、劇場の日常性とすら通底するかのようである。ストリップ劇場は優しく暖かである限り逃避の場でもありうるし、日々を何となく過ごすことの支えになる。同時に、それで何かが解決するわけでもなく、観客もそれぞれに孤独がある。孤独なものが互いの孤独を認め合うことが慰撫であるような世界がたしかにあり、『キッチン』はそれを演ずることによって示しているかに思える。
こうした射程の広さこそが『キッチン』を「傑作」と名指す誘惑に駆られる理由である。

 

***

だが、こう力を込めて言ってみせたところで、「そうなんだ、ありがとう、すごいね」とあっさりかわしてしまう、さゆみさんの控えめな声がありありと想像できてしまう。とはいえ、『キッチン』という演目の美しさに二回とも涙した身として、長いマジレスを返さないのも、それはそれで私にとっては不実なことなのだと思った。

*1:石原さゆみは2014年12月21日に渋谷道頓堀劇場からデビューし、2017年6月10日に引退。その後2019年1月2日に復帰し、現在に至るまで限定的に劇場出演を行っている。
その出演サイクルは、通常10日間連続で同香盤に出演するところ、石原は同香盤の前半5日間のみ出演することが基本的な復帰後の活動スタイルになっている。
つまるところ、『キッチン』は2021年5頭の5日間(×4ステージ)と2022年5頭の5日間(×4ステージ)のうち1日1回を基本として上演されていたことから、現在まで都合10回の上演にとどまっている。反復再演を基本としているストリップにおいて、相当に少ない上演機会と言える

*2:ストリップの形式性を確かにしているもののひとつに、「ポーズベッド」がある。エル、スワン、シャチホコ、ブリッジなどと名指すことができる型に基づいた「ポーズ」が演目のクライマックスとして行われる。型はしかし厳密な同定をもたず、微妙な変形を伴う。だが、まったくの自由というわけでもない。

*3:こうしたセットは、ストリップにおいては相当に大掛かりな部類にあたる。演者間の転換に多くの時間が割けない進行の必要上、出ハケに時間を要するセットは避けられる傾向がある。また、踊り子は巡業公演が基本の業態ゆえに、演目に必要な大道具が増えれば増えるほど職務上のコストが掛かるわけで、そうした演目が制作される機会は多いとは言えない

今年の制作・出演など

主な今年したこと。

 

2月
「宮城を発信!パフォーマンスライブ」にて旧演目のリメイク

2015年に制作したディアボロルーティンを1日目の公演用にリメイク。こちらから有料で他の演者と共に見られます。結構気に入ってるものだったのでまたできる機会があってよかった...が、冬の寒空のなか必死に稽古した思い出が。

 

5月
ヘブンアーティスト in 日比谷」出演
1年前のリベンジ。とはいえ、収録というかたち。

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自分で素材を編集したロングバージョンも。

 

 

7-9月
『レッツ!キッズジャグリングオンライン 2021』制作

昨年に続いて。ディアボロ入門編を3回の講座にまとめました。
2個を扱うウインドミルまで最短コースで向かう試み。

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9月
ピントクル主催『フニオチル 2』出演

こちらで動画が見られます。
無料配信だけあって、たくさんの感想をいただきました。夏中スタジオで苦吟した時間と、ストリップ観劇のフィードバックがある演目として思い出深い。

youtu.be

 

10月
Japan Juggling Festival 2021 ゲストステージ ※空転軌道として

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courtesy of Japan Juggling Association、photo by Mayuko

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courtesy of Japan Juggling Association、photo by Motofumi Kimura

遠征から配信から出演の多かった空転軌道。しかしこれはやはり大舞台でした。

 

11月
アイドル批評誌『かいわい vol.2』 編集・デザイン・企画
『イルミナ 2号』「裸は究極に真っ白なキャンパス」インタビュアー「ストリップは止まらない!スト客の話も止まらない!」座談会参加

執筆作業やら編集作業やら、楽しかった。夏頃から立て続けにインタビューというものを経験することになったのも貴重な経験だった。

 

12月
ストリップの文集『ab-(あぶ)』編集

思いつきで駆け込み発刊。

 

 

これ以外にも2020年と比べれば出演も増え、遠征もいくつかあり、何より久々のお客さま方と直に話ができたのが何よりのことだった。
また書きもの絡みの作業は圧倒的に増え、思いがけない繋がりが多々生まれた1年でもありました。

 

来年の抱負...というほどではないが、じっくりひとりの時間を持ってパフォーマンスの中身を焦らず、しかしゴリッと変化させていく予定!

今年よかったもの

毎年恒例、今年よかったやつ。

 

音楽


前半はK-POPばかり聴いていた。他に何聴いてたのかさっぱり思い出せなくなりそうだから、新譜旧譜問わず記録の意味で適当に挙げておく。

 

Annihilation - AAAMYYY
Bambi EP - BAEKHYUN
LOVE YOURSELF 結 'Answer' - BTS
Rare - Selena Gomez
Chemtrail Over the Country Club - Lana Del Rey
Friends & Me - C.O.S.A.
What We Drew 우리가 그려왔던 - Yeaji
Cavalcade - black midi
Strides - 小袋成彬
告白 - butaji
NO MOON - D.A.N.
Meu Coco - Caetano Veloso

 

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世界の宝のような...

 

 

映画


相変わらずぜんぜん観ていない。
しかし濱口さんの二作が、今までと全く違う領域に入り込んでいてどちらも素晴らしかった。

『偶然と想像』濱口竜介
『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介
『愛のまなざしを』万田邦敏
『べレジーナ』ダニエル・シュミット (再見)

 


『英語独習法』今井むつみ
『ハングルの誕生』野間秀樹
『公園へ行かないか?火曜日に』柴崎友香
『ヒップホップクロニクル』金澤智
『戦後韓国と日本文化』金成玟
暗黒舞踏の身体経験』ケイトリン・コーカー
『窮鼠はチーズの夢を見る』水城せとな

 

ストリップ

 

ひとり1演目縛りで。

1. 宇佐美なつ『サマーチュール』8中道劇
2. 友坂麗『B'z』10中DX東寺
3. 望月きらら(春野いちじく作)『ナース』10結道劇
4. 石原さゆみ『ダンス』12頭まさご座
5. 香山蘭『Mon amour』 9頭横浜ロック座
6. るあん『パラノイア』 8結道劇
7. ささきさち『スリーピーガール』10結栗橋ライブシアター
8. 黒井ひとみ『エスケープ』7頭道劇
9. 葵マコ 『You Can Cry』9中道劇
10. 中条彩乃 『祭音 3rd 4景』8結浅草ロック座   

 

どうしても例外的に重複させるなら、宇佐美さんの11中ミカド楽前4回目の『アンビバレント』は、演目の変化を追っていた(とはいえたった2週なのだが)過程で見られた特別な回でもあった。この回を共有できた喜びは、ちょっと代えがたいものがあった。

 

 

来年もストリップ観劇が中心になるだろうけど、深追いせずさくっと見てさくっと帰るを意識したい。しかし気になる人の4個出しとかだとそうも言えないのが悩ましい。
ほかは半年でストップした語学をリブートしたいところ。

ストリップの文集『ab-(あぶ)』発刊

人生を即興にするな、とジャズミュージシャンのロバート・グラスパーは言った。しかし思いつきで行動することの快適さはどうしたってあり、そういう快適さに乗っかってこれまでも色々やってきた。

即興だけに、もはや思いついた文脈すら忘れてしまったが、先月の頭、舞踊研究者の武藤さんにメッセンジャーで「今年のまとめ」を作らないか打診した。我々にとって「まとめ」たいものはストリップをおいて他にないのだが、とにかく、なんか喋って文章にまとめようという企画を私から誘いかけたわけである。

そしてそれから2週間ほど後、都内の会議室を借りて2時間ほどあれこれ話した。そのあと、なぜか気が大きくなって風呂敷を広げたくなったのか、またそこからさらに3日後の文学フリマ東京で『イルミナ』編集のうさぎいぬさんにインタビューの話を持ちかけた。1週間ほど経って都内のカフェで話を伺った。
これに前後して、まだ気が大きくなり続けているのか、今年自分の誘いではじめてストリップを見た友人たちへ文章を書いてくれるか連絡しはじめた。まあこれは別に自分の作業負担はほぼないので、実質何もせず原稿の厚みが増していったわけだ。都合3名の友人がエッセイを寄せてくれた。

そんなこんなで、再び武藤さんと対談の続きを収録したりして、なんやかんやと文字を起こしたり編集したりしたところ、40,000字前後の文字が並んだ「今年のまとめ」が生まれたのである。発案から1ヶ月半。コロナ禍のスケジュールが手伝って、どうにかなるもんである。

唯一、自分が書いた論考めいた文章だけはどうにかなったのか頼りないが、「今年のまとめ」をするからにはひとつのけじめとして書いておかねばいけない気になったので、なんとか書き終えた。いちばん堅い文章だが、別にこんな事ばかり考えて見ているわけもなく、しかし見ているうちに残った質感をひとつずつ手繰りよせて書いたものである。

で、どうにかなった結果をpdf/epubでリリースしました。
年末年始の読み物にいい塩梅......とは言いがたい量かもしれませんが、ストリップって本当に面白いな、という気持ちで作られたものなのは間違いないので、ノリと熱を感じて楽しんでいただければ幸いです。

 

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