素描_11頭

 そこまで周到な方ではないにせよ、ひとつのミスもしくは勘違いが、いくらなんでも無残すぎるほどに1日の足場をことごとく崩すことがある。思えばそれは確かにスプレッドシートに書かれており、まさしく勘違いあるいは思い込みによって見落としており、それで、ああ、今日の帰宅はさらに2時間遅れるのかと気づき、また、その遅れた2時間のなかで物理的・心理的圧迫があり、なんとか乗り越えたその時間のあとも早速アイスコーヒーを忘れてきたなと気づいたのに、そして最寄りに帰れば開いてる店などごくわずかだということを知ってもいたのに帰り、案の定ろくでもない食事しかできずに、それでもコンビニで甘いものを買ってただちに口に入れて溜飲を下したというのに、その電話がかかってきて、もっと気づくべき忘れ物に気づかされ、さらには気づかなくていいのに終電に間に合うことに気づき、走り、かなりの勢いで走り、その忘れ物の件を解決して1日が終わった。こういう日は呪うべきなのに、もっぱら自分の迂闊さに起因したすべてであり、心理的圧迫もまた自分の来し方に要因があり、物理的圧迫もおそらくはそうであろうと一切を自らに帰責した末、逆にものすごく面白くなってきて、あらゆるところが通行止めまたは閉店した街を歩く。いっそ家に向かって3時間歩こうかとも思うが、その道はつまらないのを知っている。今年何度この街で夜を明かすのか。きっと皆寝ている、あるいは起きている。平和に、もしくは不穏に。TLですらそれは伺える。何度か、すでにもう忘れてしまった誰かの平和乃至不穏なつぶやきを指で引き下げる。更新はされない。

 

 思うように行かない。些細なことだとしても、尾を引いて調子を崩す。だが待てよ、その崩れに絡まって、寝乱れたベッドで1日の始まりをなるべく遅らせようとするようにだらだらとしていると、あれ案外楽しいなと思ったこともあった。もちろんこれはもののたとえで、実際は働いているのだが、そんなふうにダラついた結果、思うようにいかなさに委ねればいいんだなと身が軽くなることもある。諦めというほどでもなく、でもこれは構えの解除なのだと気づく。まったくしょうがないね、というのは東京の古い人たちの言い回しだろうか、たしなめるような、それでいて甘やかでもある口ぶり。顔もゆるんでいく。ままならなさを撫で、愛で、まあこんなもんだと受け入れる余裕は、しかし余裕のなさの底に手をついてようやく見つけられる。ただやっぱり余裕はないのだろう、そこで何がどうなってこの快さを感じているのか、後から追うことはできない。なんだかわからないが楽しかったと、その手触りだけ残っている。

 日も落ちて、もうこんなに遅い時間かと勘違いしたがまだ17時。片付けながら身振り手振りを交えて、最近の面白かったことを話す。笑いのなかに一抹のさみしさがある話。でもまあ、笑ったからいいのだ。

 

 鰻を食べた。関西風、というと蒸さずに焼いたものらしいが、それを食べた。炭火で焼かれた鰻は、それこそ香ばしいというくらいしか形容の言葉を持たないが、まさしく香ばしかった。うまい、のだろう。ところで、つきだしで「うざく」が出た。さる人がこれをむずかしい食べものだと言っていたが、たしかにむずかしい。鰻、きゅうり、それを酢で和える。いったい何を狙っているのだろう。まずいということは絶対にないのだが、どうしてこうなのだろうというのがわからない。酢の速さ、きゅうりの軽さ、そうした軽快さと鰻の何が調和しているのだろう。調和を探すべきではないのかもしれない。だとしたら、何を探すべきなのか。中国語と韓国語と英語が店内に行き交う。彼ら彼女らはうざくをどう食べたのか。そもそも鰻は彼ら彼女らにどれくらい親しいのだろう。私にしたって、鰻の味がわかるとは言えない。香ばしい、程度なのだ。その感覚を頼りに箸を動かす。脂質の味わいもある、タレの味わいもある、でも、何か像を結ばない。よくわからない。

 

 猫、老いたふうな猫が歩いている。目がよく見えてないのか、近づいても逃げる様子はなくて、触っても意に介さずそのまま歩き続ける。野良猫なので、毛が絡まっているから硬い手触りがある。猫は歩いている。付き添うように自分も歩く。触られても触られなくても何も変わらない猫。超然としていて、老いの無感覚というにはあまりに私と隔たっていて、畏れを感じる。それはそれでひとつの確かな生で、猫の生涯の厚みを感じる。15の犬みたいに、もうすぐいなくなる。七尾旅人がそう歌っている。15なのかどうなのかしらないが、もうすぐいなくなるだろう猫と、手と歩調において交わった。

素描_10結

 はらだ「わたしたちはバイプレーヤー」を読んだ。BLというジャンルがどのような結構をもったものなのか、自己言及的に描くすぐれた作品と思った。話題作となっていた売野機子『インターネット・ラヴ!』もまた、BLというジャンル、ひいては男性同性愛がどのような位置づけをとるべきであるかを間接的に描いていたように読んだ。彼らは悲劇──それこそはらだの『にいちゃん』のような陰惨な物語と対照的だ──とは無縁の、身に余るような幸運な恋愛を享受する。それは、半ばにはそうであってほしいという願いであるとともに、そうであるべきだという主張でもあったと思う。そんな都合のいい話は確かにないのだが、都合のよさ、または有り得なさは、その質をおそらくかつてとは違えている。男性同性愛という困難は、恋愛の困難それ自体に傾きつつある。恋愛は思うようには叶わない、だが、それは、恋愛だからにすぎない。区別はなくなっていくだろう。インターネットは、そうした境界のなさを描く場となっているだろう。性も言語も世代も国境も、彼らの恋の障壁には不十分であるように見える。他方、(もちろん作品発表の時期の違いは何よりも大きいだろう)「わたしたちはバイプレーヤー」は、恋愛の不可能性を、性差を、乗り越えがたいものとして引き受けることになる。ただし、同性愛当事者ではなく、異性愛当事者として。そしてそれは、読者が引き受ける、ということでもある。
 BLはフィクションだが、フィクションは現実を巻き込み、現実に位置する読者も巻き込み得る。これを啓蒙だとか教育だとか名指すには不適当だろうが、きっと消費物以上の意味/意義を持ち出すだろう。少なくとも私にとってはそうである。

 今週はほんとうに晴々とした天気が続いていた。久々にぽっかりと空いた時間に身を任せて、何をするでもない毎日が過ぎていく。母が『きのう何食べた?』のドラマを配信で見ている。ケンジとシロさんは、今ではありえないような食費で日々をやりくりしている。SEIYUでたまごが390円もしてびっくりしてしまった。390円もするたまごをどうして買わないといけないのか?だからといって、たまごのない毎日は想像しがたい。いや、それを想像し、現実に落とし込み、何かべつの仕方でタンパク質を補い、または味覚の慣れを再構成していく作業にリソースは割きたくない。たまごさえあれば、副菜はどうにかなる。野菜室に残っている適当な野菜とそれを炒める。ただし、野菜も高いのだ。50円、100円、落としてしまえばそれまでに過ぎない硬貨1、2枚ぶんの価格差に、現実という重みが伴っている。私は、硬貨をかつてより多く支払うことで、どう甘く見積もってもろくでもないというしかない現実にコミットする。保つべき日常を保つために、たまごとありあわせの野菜を炒め合わせるどうでもいい日常を維持するために、それを支払っている。
 晴天である。私はいつになく暇である。夜は久しぶりに母を伴って、近所のうどん屋でうどんを食べた。はじめて入ったうどん屋だった。この二階の窓からは参道をあるく人だかりが夕闇のなかにもはっきりと認められる。もぞもぞと、切れ目なく人は流れていく。
 雨が降ってきたらしい。
 資さんうどんとはだいぶ違うねと隣席の客が言った。九州から来たのだろう。うどんを食べ終わって外に出ると雨は止んでいたし、入店待ちの列ができていた。ちょっとの差だったねと母に言う。

 知らない町で知らない人たちの話をずいぶん聞いた。それぞれの時間が重なって交わる。手土産にと買ったマフィンは、思いがけず地元の店の支店であった。私のなかにまとまっていたそれの意味が上書きされていく。ランボーが言った、私とは一人の他者であるというあまりにも有名な言葉を、思えばずいぶん意識してきたし、それはいずれラカンなどの精神分析に親しむ素地を作ったはずだ。La Bonitaと名づけられた、ずいぶん甘い香りの香水をここ数日は気に入ってつけている。パッションフルーツのような香りを、ヴァニラがもったりと支えている。こんな香りを纏うイメージは、かつては全然なかった。甘い香りが私の輪郭を滲ませて、異なる私を作っていくかのようだ。知らない町で聞いた知らない人たちの話も、私に滲んでいく。滲みは私を構成する文字をいくらかぼかして、読み取れなくする。甘い香り、知らない世界、晴れた空に長過ぎる時間がゆるやかに私を変えていって、また私が、それをきわめて歓迎している。

素描_10中

 レモンミント。ミントは中東っぽい感じの?という、今までに重ねたやり取りを多分に含んだオーダーの、気のおけない、ざっくばらんな、しかしひとつの約束のような確実さを持った、そうした厚みのある短い会話。やってくるのは極上と言っていいシーシャである。予定はなかったのに、図書館からの帰り道にたまたまKさんからLINEが入ったから、ここにいる。今いるんですか?もうすぐ店の前を通るところですと返した数分後にはそのオーダー。店の一番奥のソファに腰掛ける。さっき来たばっかりだというKさんが吸っているシーシャをまずは少し分けてもらう。本当に驚くべきことに、どこまでもジューシーなメロンの味わいが煙に乗せられている。
 壁にかかったテレビではイスラエルパレスチナの戦争のニュースが、長い時間取り上げられている。画面中央のすこし左側で光が何度か瞬く。その映像が何回か反復される。おそらくは兵器の射出の瞬間である。手早く用意されたレモンミントのフレーバーを吐き出した煙であいまいに画面を隠す。そんな薄い煙幕を貫いて、瞬きは眼に刺さる。タランティーノイスラエル軍を表敬訪問したというツイートを、朝に見たのだった。軍人たちに囲まれたタランティーノはあの見慣れた笑顔でカメラを見つめている。タランティーノの妻がイスラエル人だとはじめて知った。いや、聞いたような気はしたが、あまりはっきり覚えていなかった。
 パレスチナ鵜飼哲『いくつもの砂漠、いくつもの夜』がたまたま手元にあった。ジュネの話が出てくる。そうジュネの大部な『恋する虜』をずっと読みあぐねているうち、ふたつの国は戦争状態に突入していった。もちろん、私がジュネを読むことと戦争が起きることにはなんの関係もない。ただそうした想像の貧しい結び目なしに、どのようにしてその戦争を受け止めればいいのか、という話である。もちろん、粛々と知るしかないわけだ。そんな決意もただただ貧しい。そんな自省もすべてが貧しい。とにかく人が夥しく殺されている。
 テレビは大谷翔平藤井聡太の活躍のニュースに変わっていった。大谷、ドレイクに気に入られた途端に怪我したらしいですよとここで話していた話題をKさんにも話した。ドレイクに気に入られるとよくないことが起こるという、ずいぶん失敬な話があるそうだ。そんな話を聞いた翌日に大谷は怪我したのだった。ドレイクはカナダ人だそうだ。はじめて知った。

 長い長い電話をした。ほとんど夜通しの電話は途切れることない話題を継いで、人と話す喜びを編み上げた。話し終えて、話しはじめる前には見えなかった何かがそこに生まれている。さまざまな喜びがある。知ることの、胸襟を開くことの、からかうことの、疑うことの……そうしたすべてが織り込まれた形。雨が降る夜、電話を続けるために腰掛けたベンチの目の前には植樹された私には名前も分からない木があって、いびつな枝ぶりをいたずらに眺めてはそれすらわけもなく好ましいと思う時間が流れた。雨脚は強まって、枝葉に守られていた乾いだ地面もやがて全部濡れてしまった。手すりで分割された小さいベンチの片方に雨が入り込んでくるから、より奥のほうへと席を移す。斑にベンチも濡れていく。ハンズフリーにしているから置きっぱなしにできるスマホの画面にも雨粒が並ぶ。それらも手前に引き寄せる。話し相手の声が一瞬途切れると、屋根を打つ雨音がイヤホンをしていない左耳に鮮やかになる。イヤホンをしている右側から、また声が聞こえはじめる。雨のことはすっかり忘れてしまう。
 気づけば今年はずいぶん人と話している。いつになく、というより、いつにも増して。そろそろモノのほうへも行かないとなと思う。

 それでも話をする機会が減るわけではない。Kの展示を見に行ったら、資材が転がっているがらんとした広い部屋に通されて、窓際に椅子を並べて、これも長いこと話した。外に見える趣味の良いタイル張りのビルはそのうち取り壊されるらしい。が、この物価高騰で解体の目処が立たなくなってしまって、しばらくはそのままなのだと言う。向こうから黒い黒い雲がやってくる。あっという間に部屋はうす暗くなって、お互いの顔に影を落とした。この日も雨が降った。構わずおしゃべりは続く。我々がいるこのビルも様変わりするらしい。吹上御所があるおかげで、銀座は気温が低いと知った。それはおしゃべりでなく、作品によって。それもまた作品フレームのうちに包含されている、窓の斜交いに設えられた、街を見下ろす真っ白な怪物の像。彼──と言っていいかわからないが──には雨樋の機能が与えられているとはじめて知った。これはインターネットで。

 夜通しの電話の後に長く眠って、目が覚めたら今日も雨が降っている。風に煽られてほとんど真横に雨粒が飛んでいる。でも天気予報の通り、それも午後には止んだ。

素描_10頭

 Heaven Can Wait. その名前の香水が販売されることをTLで知った。『天国は待ってくれる』。ルビッチの映画のタイトルである。天国は待ってくれる。

 ムエットに吹き付けられた香りを嗅ぐ。なるほどいい香りだ。しかしおそらくは、この香りを纏うならば、それは香料というマテリアルなアンサンブルが喚起するイメージ──想像よりずっと端的にさわやかだ──ではなく、「天国は待ってくれる」という言葉の甘い諦念のような、そして何より、映画において長く連れ添ったふたりの夫婦の死別を見送るあのクレーンのロングショットの質感をこそ喚起するだろうと思った。それはいわばイメージのお守りである。イメージはしかし揮発性物質によって薄らいでいく。お守りは時限式で、いつまでもロザリオのように握りしめるわけではない。どこかで忘れ、洗い流され、そしてまた纏い直される。日々の営みとともに代謝する。よく香水はセルフイメージに関係すると説明されるし、自分もそう説明する。ただし薄らいでいくものとして、とつけくわえる。いつか変わってしまう、いつか死んでしまう、いつか忘れられる、そうした霧のような自己のありかたを香水は教えてくれる気がする。メランコリーなしに、快活に香って消えていく。

 記憶を頼りに、というよりはもっと気ままに駅の周りを歩き回る。飛び交う韓国語に耳が快かった、そうした記憶を携えての散策はしかし朝早くということもあって追体験するには至らなかった、が、やがて朝からたくましいアジュンマ、あるいは親しみを込めて言うことが許されるなら、オンニたちがめいっぱい客引きしているエリアに出た。行きたかった店もそうしたオンニのひとりが積極的に客を呼び込んでいた。眼の前で3人連れの女性たちが入っていった。ここは11時から開店という情報があったのでそれまでの散歩のつもりだったが、20分は早く目的の店に入れそうだった。しかしもう少し散歩がしたかったので、店を通り過ぎて先へ進む。おそらくはこの数年で進出してきたのだろう、ポップなデザインの看板が頭上に並ぶかと思えば、デイサービスの施設や案内も目につく。
 移住は単なる国土や国籍の差異の問題に還元できない。彼ら彼女らはいつここにやってきたのか、そのことの具体性が途方もなく重要であると感じられた。残念ながら、土地についてとおりいっぺんの知識しかない私に、そのことの複雑さはわかりようもない。デイサービスセンターの前に掲示された、ふりがながふられた日本語教室の案内が目に入る。施設のロゴに老いた男女が描かれていることから、この学習の機会も老いた彼ら彼女らにおいて開かれていると理解した。2年前にこの土地を訪れたとき、ほとんど一言も日本語を解さないらしいオンニが静かに店の奥に座っていた姿を覚えている。韓式中華の店で食べた、真っ黒な肉餡のかかったチャジャンミョン。そして日本語が分からないオンニ。彼女は何年日本に住んだのだろうか。
 老境に至って日本語を覚えてみようと思う彼ら彼女らは、人生をどう過ごしてきたのだろうか。ここは済州島からやってきた人たちも多いという。おそらくは4月3日を経験してきただろう人々。そこで何を見て、聞いてきたのだろうと思う。そしてまもなく人生を閉じようとする時期にあって、どのような心持ちで日本語を学ぼうとするのだろう。想像することすら不躾に思えてしまい、考えることはやめて、そのふりがなを追う。初級1と初級2のクラスがあるようだ。まずは、ありがとう、おはよう、さようなら、そうした言葉を教室の老人たちはつぶやくのだろうか。また想像が及んだので、それはやめて、この掲示物に書かれた日本語を韓国語に置き換えることにした。

일본어 교실에서 공부합시다!
매주 일요일과 수요일의 19시15분~20시45분
초급1과 초급2의 크라스를 동시에 열려 있습니다.
돈은 한달 5000엔(교과서의 돈도들어 있습니다.)

 언니! 여기는 육개장입니다.と先ほど客を引いていたオンニが言う。そのオンニの横を、おはようございますオンニ、と別のオンニが本当にオンニと呼ぶにふさわしいその人に向かって挨拶していた。出勤してきたオンニと入れ替わるように、私のテーブルにユッケジャンが配膳される。すでに前菜が山と積まれていた。水キムチがおいしい。물킴치가 너무 맛있었습니다.と言おうかと構えたが、言うタイミングはなかった。会計はレジで縮こまっている老人が行った。선생님!とオンニが呼びかける。老人は私から1100円を受け取り、これ記念品やからとボールペンを差し出す。ペンの腹には開店35周年と印字されている。あとなこれ、スマホも使えんねんと私が持っているペンの尻の部分を触って言う。
 店を出て、特に用事はないがそのペンの尻の部分でアプリのアイコンをタップした。一度触っただけでは反応しなくて、もう一度、ぐっと押し込むように力を加えると通電して、アプリが開かれた。

素描_09結

 川を渡る。つい川面に目をやってしまう。時々、川は遊歩道の方へと溢れそうなほど、水位が増していることがある。雨が降ったわけでもないのに。しかし川の色もどこか尋常ではない。ひた、ひた、と岸に水が打ち寄せる。あと少し、もうほんの少しで溢れてきてしまう。実際、だらしなく水浸しになっていることもあった。呆けたような光景だと思う。災害と言うほどでもないが、歩道の機能は奪われて、ただ水が引くのを待つしかなかった。浅く沈んだ歩道は朝日を受けつつきらきら輝いている。どこからか流れてきた、くしゃくしゃのビニール袋をうかべて揺らしている。そうした、いわば事後の呆けた様子に陶然としてしまう。なにかが台無しになっているようでもあり、なにかが満たされているようでもある。冠水した道は、そうであるべき姿のようにすら思う。ただし、今日はたかだか水位が高いという程度で、その水の一滴も舗装された道を濡らすことはないようだった。ただ、冠水した日のことを思い出すだけだった。昼過ぎだ。ずいぶん眠い。
 
 もうずいぶん涼しくなって、仕事はいっそう楽になっていった。とはいえ暑さは見る人の気分を押し上げていたのだとも思う。うまく関わりきれないなと反省もし、しかしどこか冷静でないのか声だけが大きくなって、最終日にはかすれたようになってしまった。機械のように、身体というのは突如として言うことを聞かなくなってしまう。出そうにも出ない、不十分で耳障りな音が絞り出される。声を出すのがつらいと、思ったようなことが言えなくなる。思う、ということと、声ということは、決してバラバラにあるわけではないのだろう。かすれた声に乗っけられる思考はきっと限りがある。思考も身体のひとつだ。

 なるべく素直にものを言うことを心がけたい人はいる。面白かった、楽しかった、わざわざ言わずとも態度で読めるだろうそれを、わざわざ声に乗せて言ってみること。それは身体で応じるということだ、とひとまず言ってしまう。ごくありきたりな感想を、各々に唯一の身体で以て応じるということ。そのためには準備がいると思う。
 快感は、各々が代えがたい個別の存在であることを強く縁取るものだと思う。快感は輪郭にあると思う。あるいは、もともとの輪郭を乱すような体験によって、あらたに輪郭を定義し直すようなことそのものを、快感として感受するような。逆に言えば、快感は自己の輪郭に敏感でなければつねにあやふやなのだろう。そういうあやふやさからは言葉が出てこないし、そうであるなら思考も育たないし、素直さにも縁が遠くなるだろう。快感を覚えることはひとつのレッスンだ、とか思う。

 バン、と音が鳴ったかどうかは覚えていないが、停電になった。鳴ったのではなかろうか。そんな日があった。非常灯だけが煌々と、それは予備電源とかいうやつなのだろうか、なんというか知らないけど光っていた。その場を管理するひとたちがあたふたと様子をうかがう。うかがうというか、あたふたしているだけだ。もう自分は状況を見ているだけですごく面白くなってしまう。停電、物事が順調に進まなくなる、滞る、いいことはさしあたって思いつかないが、あらゆる偶然は、自分がその先にどんな手を繰り出すかの自由を保証してくれているようなものでもあると、考える。結局何も決まっていない、だから自由にできる。他方、そうしたあたふたをよそめに、停電ということを凶報と思ってため息をつく人がいる。どうしてそんなふうに考えるのか、先述の通り自分にとって自由な気持ちにさせてくれるこの事故を歓待したいというのに、自分の気持ちの中に閉じこもっている人がいる。楽しいじゃんと言っても意見は変わらない。だんだん、その変わらない意固地さが面白くなってくる。異なりとはどうしてこんなに面白いのか。私とあなたが違うということが、どうしてこんなにも快いのか。トートロジックだが、あなたと私が違う、という事実の確認自体が快いのだ。電気は通わない。通じ合わない。まっくらなビルの中で、誰も案内しない非常灯だけが煌々と、ただ単に光っている。そんな出口から出ていく人は誰もいない。わざわざ重くなった自動ドアを必死に、身体で押しのけるようにして、腕にその厚いガラスを食い込ませるようにして、開く。何も解決できない人群れが、ただ単にうろうろしている。真っ暗だ。先は見えないが、まさか歩くことができないわけではない。あたふたしている人たちにも見飽きたし、するべきことはあるのだから予定を変えてさっさと移動しよう。まだため息混じりのその人は、閉じこもっているようなのにやたらに足早で、そんなふうならどこか着くべきところに自ずと着くだろうと、安心したりした。記憶を頼りに適当に歩く。涼しいようだが、どこか湿気が混じり始めているような気もする。早足にまぎれて流れていった話題は、行くべき場所に行くという目的を前にしまりなくそこここに漂っている。何を話したのだろう。思い出せることはあまりない。あやふやな記憶だってある。そうこうしているうちに、着くべき場所には着くことができた。

素描_09中

 年々に伸びていく枝ぶり。木の下で仕事は行われる。杜の都と言ってみせるくらいには木々の多い土地で、これが当たり前と思っていると、今の住処のひらけていることに改めて異なる土地の異なりのありかたを知る。内見をしたのは3月10日で、時期が来れば花火なんかも見えますよとじつに手際よく仲介を果たしてくれた不動産屋のおじさんが言う。隅田川を渡り、松屋の上階の椅子で契約書の類を確認する。ひと心地ついた。転居は本当に面倒ごとの連続であった。フリーランスというのはこうも立場が弱いか。フリーランスで、と言うと、ああ、そうなるとおそらく大家さんはいい顔をしないでしょうね、そんなことが二度三度とあった。で、もう落ち着いたのだが、3月10日、東京大空襲の日かと気づいた。吾妻橋の袂には慰霊の石碑があり、今でも誰かが水で清めて手を合わせている。
 それで、枝ぶりに苦吟しつつも仕事は行われる。ときにはそれを意識させないものとして空間の地としてかいくぐり、ときにはそれを困ったようにしてみせるための障害の図として観客の意識に現す。いや、そうすんなりとはいかない。万事がコントロールできるわけがない。思いがけないタイミングで「枝大丈夫なの?」と大きい声でおじさんが言う。そのことはあとで触れますからといなしても、すぐにまた「枝、大丈夫かぁ?」と繰り返してくる。枝よりよほどおじさんのほうが空間にせり出している。パフォーマンス空間には、物理にとどまらないさまざまな出来事が好き勝手に生じる。じっさい、このおじさんはいつのまにかその場を離れてどこかに行ってしまった。おじさん、どこ行った?と言うと、誰かが、帰っちゃったよ!と教えてくれる。帰ったのかよ。枝を避けて技を成功させる。拍手が来る。次に進むべきシーンへと移行する。
 
 ひと息つく。汗がびっしょりと服にまとわりつく。椅子に腰掛けつつ、今の仕事をざっと頭で振り返ってみる。何か改めるようなところは……さしあたってはない。ばるぼら。ふと思う。椅子に腰掛けて、そう、ばるぼら、そのことを考える。酒瓶を持ちながら、うなだれるように上手に座り込む姿から演目は始まる。酒を煽って、長座体前屈のあんばいで体を倒し、また起こし……いや、不正確な想起かもしれない。ともあれ、腕の動き。散文的な酒を煽る演技から、音楽に応じた、わずかに装飾的な腕の繰り出しがある。ここで体も倒し込むのだったかもしれない。どちらにせよ見るべきは動作の質をまたぐその腕の動きだ。立ち上がり、踊りだすための、この局面を違和なく進める一手として、物理では測りがたいわずかな未来へと向かって腕は進む。表現とはつまるところこういう一手を忍ばせることができるかどうか、だとすら思う。汗が引いてきた。椅子に腰掛けている。当面立ち上がる必要はない。ばるぼら。いたるところに情報が詰め込まれている。服であれ、音楽であれ、振付であれ……それを照明が支える。森さんの投光では、盆をスポットで照らしていた。確かに渋い、が、心象風景のようではないかと思ったりもする。もっとぱーっと明るくても別にいいのではないかと思ったりもする。夢のある照明じゃなくていいんですよと鳥さんが小倉で投光さんに向かって言ったのが忘れられない。絵を描くのにね、夢のある照明じゃなくていいっすよと。夢のある照明という夢のない言い回しに笑ってしまう。夢のない照明でいい、ばるぼらは単にまどろむようにぐでんぐでんにのたうっているのだし。でも、別にそういう演技なのではない。思い出す。冒頭で、動作の質をまたぐ一手が忍ばされていたことを。ここでもまた、動きはどっちつかずに踊り、または単に動き、いったりきたりする。掴みどころがない。それこそ、ばるぼらそのものだなと思う。納得する。納得だけでもない。その動きの成りゆきを追うことには、思いがけない想念を呼び出したりする。

 盆もない、花道もない、それどころかステージもない。木々があり、偶然集った酒気帯びの、あるいは酒気帯びることのできない子供たちの、偶然的な居合わせに、空間の図と地がいったりきたりしていくなりゆきに、身を任せていく。そうは見えないだろう。一歩一歩先に、この私が手続きを進めていくように見えるだろう。でも、身を任せている。受け取っている。そうしたものだとして、頭で振り返ってみる。ばるぼら。思いがけない想念は、そのときの未知の未来において、今、こうして見ること/やることをまたいで頭の中にめばえてくる。重ね合わせて考えようとする。小さいスペースの中で。

 伸びた枝を備えた木、ではない、その隣りにあるのは金木犀だったのかと思う。べったりと湿気っぽく重苦しくて似つかわしくない空気に、秋めいた香りが鼻をくすぐって、でもそんなことよりさっさとシャワーを浴びたい私は香りのことなどもう忘れて、急いで宿に向かった。

素描_09頭

 浅草駅方面に歩く人群れの多い新仲見世通りを、仲見世の方へ向かって女の子がふたり、流れに逆らうかっこうでバタバタと走っていく。急いでいるわけでもなさそうで、タリーズを越えたあたりで走るのをやめる。アハハと笑いあっていた。笑っているふたりを追い越して、出勤する。

 ボボボ、とピンマイクに強風のノイズが乗る。浅草は風が強い。ハッ、ハッ、というマイクテストの声に、もう一度ボボッとノイズが乗る。その様子を見ていて、自分の回は風の強さは大丈夫だろうかと思う。それだけではない。肌に陽が刺さらないから、日陰になったから、どちらも暑さを感じない理由には足りない。全然暑い。9月に入っても暑い。つらい。翌日、そんな暑さが響いたのか、ずいぶんしんどいような気がした。帰るともう頭を使うようなことはできなくて、友人たちとLINEを繰り返して過ごす。LINEはときおり送信に不具合があって、メッセージの左脇に矢印が現れる。いったんアプリを終了して、もう一度起動させる。再送のコマンドで送り直すが、再び読み込みに手間取ることがしばしばある。送ったからといってどうでもいいメッセージ。だからといって削除するほどでもない。もう一度アプリを再起動する。

 劇場帰りのIと合流して、23時くらいからシーシャ屋で雑談する。常連らしい男の人がしきりに酒を頼み、大きい声で何事か言っている。どうせつまらないことだろう。構わずに話を続ける。炭替えに来た店員が、常連さんでして、騒がしくてすいませんと一言添える。いや、お気になさらずと返したはいいが、実は手強かったのはこちらのほうで、気を遣ったつもりか何かと話を振ってくるのだが、ことごとく面白くない。最終的に店の特典システムについてあれこれ求めてもいない説明を繰り広げ、それもシステムの中身がなんというかめっちゃ内輪ノリで、芯から心が冷え切った。Iの顔は見なかったが、まあ同じだろうと退店して即「2回目はないな」と言ったら、同意を得た。2度と来ないね。蔵前の宿まで歩いて送って行ったら、何年か前に泊まったことのある宿だった。
 あの日、浅草にはまだアンヂェラスがあって、そこに入った。もう閉店が決まっていたはずで、それなりに混み合っていたような記憶がある。『浅草紅団』とかを書いていた頃の川端康成が来ていたそうだ。いや、執筆時期とはズレがあるのかもしれない。まあいい。こちらはまだ続いているリスボンで、何を食べたのだったか、ともかく静かな店で好ましかった。そこで夕食にした。引っ越してからも何回か訪ねている。ここにもたぶん川端か、そうでなければ荷風も来ただろう。
 東京を歩くと文士にまつわる石碑がそこここにある。神楽坂から新宿へ向かう途中(何をしに行ったのだろう?)、泉鏡花の石碑があった。生家がこのへんだとか、そんなようなものだった気がする。
 川端康成永井荷風泉鏡花、懐かしい名前。それが地霊のようにそこここに、私の懐かしさとは全く無縁に刻まれている。懐かしさは恣意で、彼らはそれとは無関係に勝手にそこで生き・死んだわけだが、彼らの名前と私の歴史が、別の土地で生きた記憶が、私という恣意の糸で結ばれる。東京で生きるとは、こういう恣意のネットワークをでたらめに走らせることだ。
 神楽坂の袂、みんな、みんなとはIが来なくて訝しがっていたW、S、K、Nさんたちのみんなと駅まで歩いたあの日が記憶の最新だ。劇場の記録を見た帰りだ。飯田橋駅の地下で、ぼくは半蔵門線ですねと言いながら東西線のホームのほうへ降りていったKさん。こんなどうでもいいワンシーンを、自分以外の誰が覚えているのか?

 何の話だったか。

 身体を見つめることには意味がないから、その余白に無意味な連想がとめどなく流れ込んでくる。葵マコさんの『身体はいらない』を、どうやったら見たままの感覚ごと、記憶にとどめておけるのだろう。回る盆と溶け合って一体になったかのように動くマコさんを見ていると、これ以上の心地よさは考えられないなと思う。でも、そうした浸りには連想が混線的に乗っかってくる。なるべくそれを減らそうと努める。意味に置き換えなくていいのに、何かがひっきりなしにやってきてしまう。なるべくなら、ただ見ていたいというのに。
 これを何度も何度も見たいと思う。気に入った音楽を何度も再生するように、これを記憶に刻んで復元できればいいのに、記憶には余計なものがありすぎて全然叶わない。だから見るけど、大事な部分の多くはあっけなく霧散していく。あの濃密さは、あの高鳴りは、もはや追いきれない。あるいは、不躾な現在が感覚の記憶をさっさと追い抜いてしまう。どのようにしたら、より鮮明に身体に残しておけるのだろうか。
 M3のイントロ、アンプから出ているホワイトノイズのような音、エフェクターの類を操作するような音、断片的なハイハットのような音、が、交錯する。まるでそこに人がいるかのようだ。肉体が立ち上がってくるかのようだ。それらが、マコさんに重なっていくかのようだ。フィードバックノイズ。演奏が空間に傷跡を残すかのようだ。身体はいらない、と言いつつ、「身体」が、それ自体拭い去りがたい、生きることそのものの傷としてふたたび与えられる、かのようだ。でも悲哀も苦痛も、かといって享楽も幸福もない、かのようだ。踊りはあたかも、磯辺の無脊椎動物のような生命として、ただ浅い潮に揺られているものとして、無意味なものとして、ただ眺めるのを求めているかのようだった。そうした、関係のない関係を、舞台と客席で、記憶/忘却しながら紡いでいくかのようだった。